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衆参予算委員会

2019年10月18日
◆政府は説明責任を逃れるな◆

 臨時国会は安倍晋三首相の所信表明演説に対する代表質問に続き、衆参両院で予算委員会が行われた。

 政府をチェックするための審議の主舞台である予算委だが、野党が再三にわたり、開催や臨時国会の前倒しを要求しながら、与党が応じなかったため、半年ぶりの論戦となった。

 野党は立憲民主党と国民民主党などが新会派を結成し、質問項目を調整するなどして相次いだ台風被害への対応をはじめ関西電力役員らの金品受領問題、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」への補助金不交付問題などを追及した。

 しかし、関電問題について政府側は、あくまでも当事者は関電として、質問をかわす場面が多く、役員らの参考人招致にも応じなかった。こうした状態では審議が実のあるものになるはずがない。

 政府が、野党の疑問に真正面から向き合わず、与党はその追及の矛先を野党に向ける。国会は行政の監視機能を果たせないどころか、ひいては民主主義が成り立たなくなるだろう。

 関電の問題は、野党側が指摘したように受贈された金品の原資が消費者の電力料金か、税金に由来する「原発マネー」の可能性が高く、原発政策の根幹に関わる。国会だけでなく、監督する立場でもある政府が積極的に真相を解明しなければならないはずだ。

 だが、安倍首相は関電の第三者機関の調査を見守るとの姿勢を崩さず、役員の国会招致についても、自民党は得られにくい「関電側の同意」を条件とするなど消極的だ。

 他方、安倍首相は15日の参院予算委で、対応が「人ごと」と攻められると「電気は人々の暮らしには欠かせない。その意味で、電気事業者は全くの私企業とはならない」との認識を示した。であるなら、折に触れ「国民の命と安全を守る」ことを自らの使命と強調する安倍首相が指導力を発揮するべきだ。

 文化庁が「あいちトリエンナーレ」への補助金を不交付とした問題に関しても、安倍首相は事務方の決定と突っぱねるだけだった。15日の参院予算委に出席した宮田亮平文化庁長官も、決裁したのは部下の審議官で「私は決裁していない」と強調。責任逃れの連鎖のようだ。

 集団的自衛権の行使容認を巡り自らを「最高責任者」と位置付けていながら、不祥事が起きると、その舞台となった府省庁や部局の問題として国会などでの説明責任を逃れる。それは、森友学園問題などでも見られた光景だ。政府、与野党ともに自身に課せられた使命を胸に刻み直し、今後の審議に臨まなければならない。

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