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新時代への橋渡し

2019年1月1日
◆平和と地域の「明日」築こう◆

 平成から新時代へ、橋渡しの年が明けた。私たちは歴史の変わり目に立っている。新時代に向かう最前線と言ってもいい。個人や家庭、地域や社会で、来るべき次の時代にどんな夢や希望を託しているだろうか。

 仮に「いま」と格闘する日々であっても、時には世界をあまねく眺め、「過去」を顧み、「明日」を展望してみよう。ダイナミックに動く時代を確かに生きるには、時空間を往来する自由な視点が欠かせない。「明日より今日」とあくせくするより、「今日より明日」を夢見るほうが楽しい。これから歩く道も見えてくる。

辺境の異変に手応え

 “地域の明日”に手応えを感じ始めたという人に会いたくて、昨年末、高原町湯之元地区の民泊「湯之元の隠れ宿」を訪ねた。空き家だった築100年以上の古民家を借り受け、昨年7月に開業した吉村司さん(45)だ。思わず「こんな田舎に!」と声を上げてしまうほどの異変が起きていた。

 例に漏れず、人口減少や超高齢化に直面する集落だが、開業以来、国内外から利用客がひっきりなしに訪れる。インターネットビジネスに携わってきた経験を生かし、吉村さんは宿情報を世界中に発信。次第に評判を呼び、満員御礼が続く。「清潔」を心掛けているため、宿の清掃日を確保するのがやっとという人気ぶりだ。

 高い集客率にも驚くが、舌を巻くのは外国人の多さ。これまでの宿泊者のうちアジアや欧州など海外からの旅行者が何と9割以上。一人旅や家族連れなど旅のスタイルは多様で、レンタカーや電車を使ってわざわざやって来る。南九州各地に足を延ばす拠点として連泊するケースが多いという。「南九州の中心やっで」と吉村さんは笑うが、どうやら本気のようだ。

 地域活性化を目的に始めたわけではない。「自分がやりたいようにやる」と決めて補助金は一切使わず、古民家の修理から運営まで仲間や家族と行う。言葉の壁は翻訳アプリでカバー、駅や飲食店まで希望があれば送迎を買って出る。ど素人ならではの手作り感とおもてなしが人気の秘密だろう。時には子ども同士が号泣して別れを惜しむこともある。収益以上に、宿泊客との絆が生まれることがうれしい。

 「いろんな意見を頂くたびに考えて工夫する。お客さまと話すたびに世界を知ることができる。自分がレベルアップするのが楽しい」という。自ら活動し、自らの変化を心底面白がり、周囲の人と地域をつくる楽しさにあふれている。

「平成」が守った平和

 宿を囲む冬枯れの庭には水仙がすっくと花首を伸ばし、紅白のツバキが見事に咲いていた。木々の間を歩く吉村さんはこう力を込めた。「田舎だからと悲観せんでいい。田舎だからこそできることがある」。落ち葉の養分をたくわえ寒風の中に顔を出す花のように、困難な局面にこそ遭遇するチャンスや湧き出るアイデアがある。吉村さんたちの朗らかな挑戦が地域の希望をつないでいくのだろう。

 さて、今年で幕を閉じる「平成」の時代を振り返っておきたい。戦争の深い傷を経て繁栄を築いた「昭和」。「平成」も同様に、自然災害や世界規模の経済危機に見舞われ激動した。「高成長の時代」から「低成長の時代」への転換期でもあった。雇用制度や社会保障など、かつての豊かな日本を支えた社会システムは大変革が迫られている。加えて、国境という境界線はさらにあいまいになり、外国人との共生、地球規模の環境対策は不可避だ。

 日本が経済や人口の頂点を極めた社会から、ゆっくりと下りていく道は起伏に富むことだろう。しかし、これまで見たこともない眺望を味わいながら歩みを進めるほかない。高度成長の幻影にすがらず、知恵を出し合いながら。

 日本の「平成」はかろうじて戦争の過ちを一度も犯さずにきたことも忘れずにいたい。平和への願いを大切に守り、平和のバトンを絶対に手放してはならない。地域をつくることも平和を次代につなげることも、他者から与えられるものではない。自らの手で築くものだ。地域と平和を思う花-。これからの世界や日本が歩く道がどんなに狭いあぜ道になったとしても、そこにひっそりと咲く花を育てていきたい。

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