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全米テニス制覇

2018年9月13日
◆国際化象徴する大坂の快挙◆

 テニスの四大大会今季最終戦、全米オープンで大坂なおみ選手が初優勝した。日本選手が世界の舞台に挑戦を始めて1世紀以上がたつ。旧制宮崎中(現・宮崎大宮高)出身の熊谷一弥、清水善造のレジェンドにはじまり、戦前の大選手・佐藤次郎、戦後は女子の沢松和子さんや伊達公子さんら、幾多の名選手が挑戦して果たせなかったテニスの頂点を極めた。

躍進支えたチーム化

 1968(昭和43)年、世界のテニスはプロ参加を容認するオープン化にかじを切り、人気とレベルが格段に上がった。ウィンブルドン5連覇のボルグを筆頭に、コナーズ、マッケンロー、ナブラチロワ、エバート選手ら、プロが続々現れた。ナブラチロワ選手は厳しいツアーを勝ち抜くために栄養士を同行させ、チーム化の先鞭(せんべん)をつけた。

 対照的に、アマチュアリズムに縛られた日本はオープン化に取り残された。時代が大きく変わったのは錦織圭選手の出現だ。スポーツの国際エージェントのIMGが支え、89年の全仏オープン優勝者マイケル・チャン氏がコーチを務めて2014年の全米オープンで決勝進出、世界のトッププロに定着した。

 今年の大坂選手の躍進はチーム化という錦織選手の相似形といえる。ドイツ人コーチを迎え、持ち前のパワーに頼ってネガティブな思考に陥りやすかった大坂選手の方向を変えた。トレーニングコーチの指導で7キロの減量に成功。トレーナーも同行。現代はチームで戦う時代。オープン化から50年で世界に追いついた点がある。

 大坂選手は記者会見で「大阪生まれの子はみなオオサカと名乗るの」などとジョークを発したことがある。天真らんまんさもあり、女子テニス界の人気者になった。

国内人気向上に刺激

 3歳でニューヨークに渡り、父の指導で公営コートで腕を磨いた。夢はセリーナ・ウィリアムズ選手と全米決勝を争うこと。決して豊かではなかった選手が、セリーナ選手に憧れて夢をかなえた。

 20歳の新星が、女子の四大大会最多タイ記録になる24度目の優勝を目指した36歳のセリーナ選手を破った意義は大きい。世代交代に弾みがつくだろう。錦織選手の全米準優勝後がそうだったように、ラケットを握る子どもたちが増えることが予想される。国内での人気向上とレベルアップにかけがえのない刺激となるだろう。

 故障がちだった錦織選手もベスト4に進み、復調を印象づけた。20年の東京五輪は全米と同じハードコートでの実施、2年後へ期待を膨らませる快挙といえる。

 近年の日本スポーツ界は、陸上、柔道を含め、親が外国出身の選手の躍進が目立つ。父親がハイチ出身の大坂選手は、肌の色に左右されないスポーツの国際化を象徴する存在だ。さらなる活躍とともに偏見をはねのけ、さらに共生が進む契機になってほしい。

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