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松本死刑囚ら刑執行

2018年7月7日
◆「狂気」を生んだ背景は何か◆

 犯罪史上類を見ない数々の凄惨(せいさん)な事件を引き起こした。坂本堤弁護士一家殺害事件や地下鉄、松本両サリン事件などオウム真理教による一連の事件の首謀者として、死刑が確定した松本智津夫死刑囚ら7人の刑が執行された。教団事件は13件、国は6500人以上の被害者を確認している。教祖名「麻原彰晃」は22年前に始まった一審公判の途中から沈黙、真相を語らないままの最期だった。

暴走の経緯は未解明

 判決で認定された死者は27人、起訴後の死亡者などを含めた犠牲者は29人に上る。未曽有の凶行に遺族や被害者、多くの国民から厳しい視線が向けられていた。ただ執行を巡ってはさまざまな議論があった。

 宗教の名の下に高学歴の若者を引き込み、暴走した経緯は依然として未解明の部分が多い。松本死刑囚について、作家や映画監督らは「適切に治療し、審理をし直すべきだ」と表明。テロ対策などを巡り「命ある限り、最大限の情報収集をすべきだ」と国際的な研究プロジェクトのメンバーは死刑囚の聞き取りを重ねていた。

 だが、もう松本死刑囚らに真相をただすことはできない。事件の風化にあらがいながら、教訓を語り継いでいくために検証を重ねるという重い課題を残した。遺族の悲しみは癒えず、なお多くの被害者が後遺症に苦しむ中、社会全体で取り組むことが求められる。

 「執行は当然」という受け止めの一方で、複雑な胸の内を漏らす人も少なくない。地下鉄事件の現場となった駅の助役だった夫を失った高橋シズヱさんは「テロ対策という意味で、もっと彼らには話してほしかった」、松本事件の被害者で捜査対象にもなった河野義行さんは「真実に迫ることができなくなって残念」と語った。

今も続く若者の入信

 マレーシアで北朝鮮の金正男(キムジョンナム)氏が猛毒の神経剤VXで殺害された事件を巡り、国際的な研究プロジェクトのメンバーが今回刑を執行された中川智正死刑囚から、VXの中毒症状や製造プロセスについて詳細な聞き取りをした。その証言はテロ対策などに貴重だったとされる。残る死刑囚から情報や知見を得る取り組みも必要だろう。

 さらに教団は「アレフ」など三つの団体に分かれ近年、若者の勧誘に力を入れており、年間100人ほどの信者を獲得しているという。公安調査庁や警察はいずれも松本死刑囚の影響下にあるとみて監視を強めている。教団事件を知らない世代の入信が多いとされ、教訓が十分に行き渡っていないともいえそうだ。

 なぜ、この社会に人類救済を唱え「ポア」という言葉で殺人を正当化する教団のような「狂気」が生まれ、多くの若者を凶行に駆り立てていったのか。答えは出ていない。その意味で、事件はまだ終わっていないとの問題意識を社会で共有し、事件とその背景の検証に手を尽くす必要がある。

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