ホーム 社説

土俵と女性

2018年5月10日
◆習わしを柔軟に解釈しては◆

 土俵に女性が上がることを認めていない大相撲は、その慣習を見直し、歴史的な方針転換に乗り出すべきか、あるいは伝統を守るべきか。「土俵と女性」の問題について、日本相撲協会が臨時理事会で話し合った。今後は市民の意識調査を行い、外部の意見に耳を傾けながら本格的な検討を進めるという。男女同権の意識と女性の社会進出が広がる中、国技のしきたりについてここで立ち止まり、考えるのは有意義なことだ。

蔑視との批判相次ぐ

 京都府舞鶴市で行われた春巡業で、市長が土俵上で突然倒れ、救急処置のために土俵に上がった女性に対し、相撲協会が土俵から下りるよう数回促した。その後、協会側は謝罪した。

 また、兵庫県宝塚市での春巡業では、女性市長が土俵上であいさつすることを希望したのに対し、相撲協会は伝統を理由に断った。市長はすかさず、しきたりを見直す議論の開始を求め要望書を提出した。こうした相撲協会の姿勢は、女性蔑視ではないかとの批判がかつてなく広がった。

 大相撲の形態、例えば相撲部屋の仕組みや力士の土俵での立ち居振る舞いなどは江戸時代後期にほぼ整っていた。一般の女性が文化や芸能に携わることなどほとんどなく、男性がほぼ全ての決定権を持っていた時代の話だ。

 相撲協会は年6回の本場所ばかりか巡業でも、土俵を整備し終えると土俵祭りを行う。相撲の神様を迎える儀式といわれる。五穀豊穣(ほうじょう)を祈る神事と結び付いた伝統的儀式だ。力士が塩をまき、かしわ手を打つのも、神事の儀式に倣ったと考えられている。伝統文化であることの一つの証しであり、大相撲に独特の彩りを添え、欠くことのできない魅力となっている。

取組と切り離す案も

 多くの親方と力士は、土俵に女性を上げないのは伝統の一部であり、このしきたりをやめることは自分たちの伝統文化を否定することにつながると考えている。

 一方で、あいさつや賞の授与の目的で土俵に上がることは、神聖な場を汚すことにはならないとの反論が相次いだ。反論には、土俵祭りによって神聖な場所となったのだから、女性は上がるべきではないとの主張は、女性を不浄と見るものではないかとの指摘が含まれる。

 本場所千秋楽の結びの一番を終えたなら、土俵はもはや男の神聖な戦いの場ではない。勝者をたたえる祝福の場とみなしてもよいのではないか。表彰式の直前に、今度は相撲の神様を送り出す儀式を組み入れ、取組と切り離すことも考えられる。

 日本にもいずれは女性首相が誕生するはずだ。大相撲のさらなる発展を考えたとき、いつまでも表彰式で女性のあいさつを拒み、賞の授与を禁じていていいはずがない。相撲協会は習わしについて、将来にも目を向け、柔軟に解釈する見識を示してほしい。

このほかの記事

過去の記事(月別)