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日馬富士関引退

2017年12月2日
◆力士らに自覚求める研修を◆

 大相撲の横綱日馬富士関が引退に追い込まれた。巡業先の酒席で平幕貴ノ岩関を素手ばかりかカラオケのリモコンで殴り、頭にけがをさせたことを本人が認めた今回の問題については、比較的早い時期に、責任をとって引退する意向を固めていたという。日馬富士関は、モンゴル出身の後輩力士に対して礼儀と礼節を教えるつもりで手を上げたと、引退会見で説明した。酒に酔っていたために自制が利かず、説教が暴行に変質してしまったのかもしれない。しかし、だからといって、その行為が許されないことは明白だ。

「げんこつ」許す風潮

 大相撲は新弟子となった若者が、所属した部屋で師匠とおかみさんからさまざまな指導と世話を受ける。先輩力士の振る舞いを見て学び、肉体的にも精神的にも厳しい鍛錬を続ける独特の世界だ。そのしつけや指導を漢字で表せば「無理へんに、げんこつと書く」などといわれてきた。

 体罰は、師匠や先輩が力士としての成長を期待し、目をかけてくれていると受け止めなければいけないとも説明されてきた。部屋から実家に逃げ帰ってきた息子に、親は「手荒い指導も師匠の愛情なのだから、我慢しろ」と諭し、再び部屋に送り出したといった逸話はたくさんある。相撲部屋では、げんこつが許され、それは伝統の一部で、目くじらを立てるほどのことはないとの風潮が依然としてあるのは事実だろう。

 問題は、稽古場でも相撲部屋の調理場でもない空間で起きた。店の中とはいえ、町中で相手を殴り続け、頭に裂傷を負わせたとされる。師匠による新弟子へのちょっとしたげんこつ指導とは全く異質だ。大相撲の先頭に立って、その魅力と価値を向上させる責任を負う横綱として責任は極めて重い。日馬富士関はそのことに問題後、間もなく気付き、引退の意向を固めたようだ。

倫理規定の整備必要

 職場や学校、家庭でも暴力は絶対に許されないと、社会全体に共通の認識が広がっている。日馬富士関がこうした現状にもう少し早く目を向けて、暴力のない社会の大切さを深く理解していれば、あのような暴力には結びつかなかったのではないか。暴力のない社会の実現を目指す責任は自分自身にもあると、力士の一人一人が自覚していなければ、同様の問題は日本人力士の間でも起こり得る。

 大相撲からすべてのげんこつをなくすのは短期間では難しいかもしれない。日本相撲協会は全関係者を対象に非暴力の研修にすぐ乗り出してほしい。伝統文化の担い手である大相撲関係者には、一般競技団体よりも高い倫理観が求められる。不正行為や暴力が入り込む隙のない組織を目指し、明確で詳細な倫理規定の整備が必要だろう。その中には危機管理委員会による聞き取り要請を断り続けた貴乃花親方の行為も、制裁の対象とする規定を盛り込むべきだ。

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