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諫早干拓20年

2017年4月18日
◆解決には政治決着しかない◆

 有明海南西部の諫早湾(長崎県)で国が進めた干拓事業が、潮受け堤防の閉め切りから20年の節目を迎えた。海水をせき止める293枚の大型鋼板がしぶきを上げながら次々に落とされるさまは、「ギロチン」に例えられ注目を集めた。一方で、干拓地の営農者と工事が不漁の原因とみる漁業者を分断し、かつての豊かな海は争いの舞台と化している。

国の調整能力に限界

 漁場の復活へ堤防水門を開くよう求める佐賀県の漁業者と、塩害を懸念して反対する長崎県の営農者。いずれも巨大な公共事業に翻弄(ほんろう)される被害者である。

 そこには、工事を推し進めた国の調整能力の限界が見える。開門か否かの二者択一では、利益相反の双方とも互いに譲りようがない。抜き差しならない状態になる前に、立ち止まって漁業と農業の両立を真剣に考えるべきだった。

 司法の場では前代未聞のことが起きている。漁業者側の開門の訴えを認めた福岡高裁の確定判決に対し、長崎地裁は和解勧告をしていたが今年3月に協議は打ち切り。昨日、営農者側に沿って開門しないよう命じる判決を出した。

 排水門は閉ざされたままなので、国は漁業者側に制裁金を払い続けている。開門しても支払先が営農者側に代わるだけだ。他にも係争中の関連裁判が複数あり、法廷闘争は長期化、複雑化の様相だ。

 国は関連訴訟が続いていることを理由に最終的な解決を司法に委ねる姿勢を崩さない。しかしそれは失政の責任転嫁にほかならず、納税者の理解を得にくい公金での制裁金支払いが続くことになる。そもそも訴訟の乱立を招いたのは、そうした当事者意識の欠如であり、無責任体質ではないのか。

他の有効策探りたい

 行政も司法も行き詰まって、ここまでこじれたならば、紛争全体をまとめて解決するしかない。そのためには、政治決着で終止符を打つべきだ。

 漁場の再生に向けて開門のほかに手だてはないのかあらためて考える必要があろう。有明海の環境変化の要因には、注ぎ込む筑後川のせきや熊本新港の建設による影響なども指摘されている。これまで奏功しなかった試み以外にも有効策があるかもしれない。

 気になるのは、問題が深刻化しても、所管する歴代農相のリーダーシップが見えないことだ。記者会見などで解決に向けた努力宣言や協力の要請が繰り返されるが、具体性には乏しく、打開に向けた意欲は伝わってこなかった。和解協議の打ち切りに対しても、現在の山本有二農相は「一連の訴訟に適切に対応」「問題解決に努力」と聞き慣れた言葉を繰り返した。

 落としどころを判断するには、関係者の本音を誠実に聞くことが大事だ。農相が現地に赴いたのは就任直後の昨年8月に1度しかない。批判を浴びても飛び込む気概を求めたい。信頼関係の構築は、政治判断の大前提である。

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