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被災者ファースト

2019年11月14日
 焼け跡闇市派を自称した作家の野坂昭如さんが戦争で家を失った人たちの救済策について書いている。B29の爆撃で当時、日本人は他人を手助けする余裕などなかったのでは、と思っていたが意外にも違う。

 野坂さんが住んでいた神戸は1945年3月17日未明、焼夷(しょうい)弾による攻撃を受け、中心部西側がほぼ全焼した。火がくすぶり続ける中、被災者には塩むすびの炊き出しがあり、戦災者証明書を提示すれば国鉄は無料、指定配給所でコメ、缶詰、毛布など支給された。

 幸い焼失を免れた養父の家に、家を焼かれて身を寄せてきた知人がいて、その人が山ほど食料を持っていたことを不思議に思ったそうだ。何もかも不足する戦時下でさえ自分たちは我慢して被災者に物資を回そう、という温情があった(野坂昭如著「終戦日記を読む」)。

 東日本を中心に大規模な浸水被害や土砂崩れを引き起こした台風19号の上陸から1カ月が過ぎた。避難者は台風後の豪雨を含めてピーク時の1%程度まで減ったそうだが損壊したままの住宅に戻って生活する在宅被災者が多数存在するとみられる。泥をかぶった家財道具などの「災害ごみ」も課題。

 これまでにボランティア活動に13万人超が従事したが被害範囲が広く、被災者のニーズに応えるためにはさらに多くの人の参加が欠かせないという。戦時下の互助精神に負けぬよう義援金など援助の手を差し伸べたい。せめて寒い思いをしなくてすむように。

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