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変化球も多彩

2019年10月8日
 日本プロ球界不滅の400勝を記録した金田正一さんが国鉄スワローズから巨人に移籍したのが1965年。当然宮崎キャンプにも参加することになるが、宿舎のおかみさんらはとても仰天したことだろう。

 寝具から調理器具まで持ち込み。宿舎の食事には手を付けず、すべて近所の市場で買い込んだ食材で「金田鍋」を作った。一流の選手は食事から自分で管理するという主義で、重い物は持たない、手を冷やさない、専属の運転手を付けるなどプロ意識が徹底していた。

 巨人には引退する69年まで在籍。47勝を挙げたが、膨大な練習量は他の選手たちに大きな影響を与え、数字以上に巨人のV9を後押しした。オールスターなどで度々対戦した野球解説者の野村克也さんは「ピッチャーで最強の怪物」として金田さんの別格ぶりを振り返る。

 160キロはあったという速球は有名だが、野村さんは著書「プロ野球怪物伝」の中で、カーブのすごさを力説する。打者の直前で「2階から落ちてくる感じ」で手が出ない。厳密にはボールでパ・リーグの選手らは抗議するのだが、金田さんの威圧感もあったのか、審判はストライクで通したという。

 往年の名選手が集う「ドリーム・ベースボール」等で頻繁に来県。ファンを楽しませる点でも、プロ意識が徹底していた。剛速球のように豪快な印象が強いが、繊細で優しい人柄だったと聞く。変化球も多彩に持ち合わせていた金田さんの死去を寂しく思う。

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