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荷風先生と年金

2019年9月19日
 親から莫大(ばくだい)な資産を相続した永井荷風は元金には手を付けず利子や株の配当で暮らせた。小説を書いたのは食うためではなくいわば道楽。遺産がなければ文学の世界に身を置くことはなかったと言い切った。

 さすがの金満家も戦争で、焦土と化した国土に不安を覚えたらしい。昭和21年元日の日記には「老朽餓死の行末思へば身の毛もよだつばかり」と書き、67歳にして生活のため働く覚悟を固めた(永井永光、水野恵美子、坂本真典著「永井荷風ひとり暮らしの贅沢」)。

 厚労省は先月末公表した公的年金財政の長期見通しを試算する財政検証で、今20歳の世代が老後に現在と同じ水準の年金を受給するには66歳9カ月まで働き、保険料を納め続けなければならないとの試算を示した。年金の受給開始も同時期まで遅らせる必要があるという。

 きのう撤回が決まったが6月、夫婦で95歳まで生きるには2千万円の蓄えが必要とした金融庁審議会の報告が公表され、衝撃を与えた。それだけの資産を用意できる人がどれだけいるのか。これからは荷風が初めて働く覚悟を固めた年齢と同じか、ひょっとすると、もっと長く働かされる運命が待つ。

 荷風の有名なエピソード。知人が夜遅く、自宅を訪ねると座敷の裸電球を外して玄関に付け替えた。家には電球が一つしかなく、鍋も食器も衣類も本も最低限しか持たなかった。老朽餓死の身の毛のよだつ将来にならないよう参考にしたい生活防衛術である。

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