ホーム くろしお

熊沢蕃山と藩主の心

2019年9月17日
 江戸期の岡山藩に熊沢蕃山(くまざわばんざん)という侍がいた。藩主池田光政が新田開発のため児島の海を埋め立てる計画を立案すると「あの海は宝の海じゃ。陸(おか)にしてしもうたら、宝が未来永劫(えいごう)に死んでしまう」と反対した。

 自分の意見が通らないと分かると藩の重職を辞して、真っ昼間なのにちょうちんを下男に掲げさせ、「この町は先が見えぬ。昼でも夜でも真っ暗じゃあ」と大声でわめきながら城下の大通りを堂々と退去していった(楠原佑介著「地名でわかる水害大国・日本」)。

 要するに和解協議を促す内容らしい。諫早湾干拓事業を巡り、潮受け堤防の排水門を開けるよう命じた確定判決の無効化を国が求めた訴訟の上告審。最高裁は国の訴えを認めた二審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻したが事情の変化による無効化もあり得ると示唆した。

 堤防で湾が分断されて以来、豊かな海に異変が生じピーク時、有明海で3万トン近く取れた高級二枚貝タイラギは昨季まで7季連続で休漁に追い込まれた。ノリも不作に見舞われ色落ちが目立つ。さりとて開門した場合の塩害被害におびえる干拓地の営農者たちが開門命令に首を縦に振るはずもない。

 型破りの侍だった蕃山だが藩主光政の子を養子として預けられるほど信頼厚かった。新田開発を必要としながらも家来の反対論をもっともと思い、迷う気持ちが為政者である藩主にあったのだろう。今の国も同じはず。困難でも農漁両立の道を探るしかない。

このほかの記事

過去の記事(月別)