ホーム くろしお

最後の一匹

2019年9月13日
 嵐の夜、老画家がレンガの壁に葉っぱを描いた。強い風雨にも落ちない(落ちるはずのない)最後の一枚に励まされて病気の女性は生きる気力を取り戻す。オー・ヘンリー短編小説でもとりわけ有名な一編。

 「最後の一葉」ならぬ「最後の一匹」になってしまったマグロの話だ。青森市の浅虫水族館で展示用に準備した完全養殖のクロマグロの稚魚3000匹の生き残りがたった1匹になった。直径12メートル、深さ3メートルの巨大な水槽で独りぼっちの稚魚が泳ぐ姿はさびしい。

 採卵、ふ化、養殖、産卵のサイクルをすべて人工的に行った稚魚の展示は国内水族館として初の試みだった。水族館によると大量死の原因は稚魚の排せつ物から生じる有害物質の濃度が高くなったため。海の王者の風格を持つ魚だが飼育には他魚種にはない難しさがある。

 太平洋クロマグロの資源管理を話し合う中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の北小委員会で日本が再提案していた漁獲枠の拡大は米国が「時期尚早」と反対したため見送られることになった。漁業者の期待は大きく「主張が通るのでは」との憶測もあっただけに、関係者はほぞをかむ思いだ。

 日本は来年の会合で改めて提案する方針だが資源量は依然、低水準で楽観はできない。守る漁業と育てる漁業の二本立てでマグロを絶やさない未来への突破口を開きたい。「最後の一匹」になっても泳ぐことをやめない稚魚のように未来への希望を失わないで。

このほかの記事

過去の記事(月別)