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にんじん

2019年9月8日
 児童文学者の西本鶏介さんはルナールの自伝小説とされる「にんじん」を少年期に初めて読んだときの衝撃を今も忘れられない。わが身を献(ささ)げてもわが子を守る殉教者にも似た母親の愛を信じていたからだ。

 「にんじん」とは少年のあだ名で、髪の毛が赤く顔じゅうそばかすだらけの容貌から母親が付けたものだ。母親は上のふたりの子どもは溺愛するが、末っ子のにんじんには雑用を押しつけ、冷たく接する(西本鶏介著「もういちど読みたい子どものための文学」)。

 昨年3月に当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親から虐待され死亡したとされる事件の裁判員裁判。保護責任者遺棄致死罪に問われた被告の母親は男性の裁判員から夫の暴行を「一度でも体を張って止めたことがあるか」と尋ねられると「体を張ったことはない」とした。

 亡くなる前の結愛ちゃんの目の周辺にはあざがあって、それを見ると、体と口が動かなくなってしまったという。泣きながら「どんな刑でも償いきれない」とも話した。虐待やドメスティックバイオレンス(DV)が専門の精神科医も出廷し、被告は夫のDVで精神的に支配されていたと証言した。

 西本さんは「残念ながら19世紀に書かれた小説が今日の問題になっている」と指摘する。その通りだが結愛ちゃんへの仕打ちはにんじんとは比較にならない。罪の軽重を決めるだけではなく同じ悲劇を繰り返さないためのヒントをあぶり出したい裁判である。

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