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ファットマンの男

2019年8月9日
 1945年8月9日、原子爆弾を搭載した米軍の爆撃機B29の第一目標は小倉(北九州市)だった。長崎に変えたのは視界不良のためという。歴史には、重大な運命を決めた要因に釈然としないこともある。

 「投下前のファットマンとともにうつりたる半裸の男の行方知りたし」。宮崎市の歌人・大口玲子さんの最新歌集「ザベリオ」にある一首。ファットマンは長崎に投下された原爆。確かに戦記には、上半身裸の男が巨大な爆弾に向かって作業している写真がある。

 テニアン島での出撃前だが、他の写真を含めまるで緊張感が伝わってこないことにがくぜんとする。鼻歌を口ずさみサーフボードの手入れでもしているようだ。彼は、これからこの爆弾が一つの街を破壊し、約7万4千人の市民を殺害することを認識しているのだろうか。

 攻撃後は何を考え、戦後をどう過ごしたのだろう。大口さんは一個人を追及しているわけではない。原爆の開発者、整備士、投下した飛行士、いや国を問わず同時代を生きたすべての人に問うているはずだ。善良な市民のわずかずつの悪意が生み出した怪物に、それぞれが無自覚であることに憤る。

 ファットマンの男は自分かもしれない。暴力や差別など、人権を侵害するものへの無関心が悪意を太らせる。核兵器廃絶には、世界の善意の総体が悪意を上回らねばならない。同歌集から「われはまだ地の世にあれば苦しみて斯(か)くも地の世の善にこだはる」。

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