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平次が問う善悪の有無

2019年7月11日
 昭和初期。「銭形平次 捕物控(とりものひかえ)」の作者として知られる作家野村胡堂(こどう)が、電車でスリの被害に遭った話を随筆集の「胡堂百話」に記している。被害は万年筆の入ったケース。

 財布に間違えられたのかもしれない。ただ肌身離さず持っていた高級品の万年筆は大事な商売道具なので、恥ずかしいが車掌に被害を届けた。車掌は胡堂の顔を見て、にやりと笑い言った。「銭形の親分さんともあるものが、スリにやられるとは不覚でしたね」。

 銭形平次に頻繁に登場するのが大捕物劇。こちらはしっかり悪党を取り囲んで追い込む。一方、不覚を取ったのが熊本県警だ。熊本東署の署員6人が囲む中、熊本市の民家から覚せい剤取締法違反の容疑者が車で逃走。署員がけがをした。

 既視感が強い。というのも神奈川県で、傷害や窃盗罪が確定した男が刃物を持って逃走した事件から3週間ほどしかたっていない。収容に出向いた検察事務官、神奈川県警厚木署員の計7人を振り切った。約90時間後確保したが、逃亡先の住民らを恐怖に陥れた。

 なぜ屈強の警官らが囲みを破られるのか、発生から市民への公表は迅速だったか、など二つの事件には共通する課題が多い。10日午後10時の時点では、容疑者はまだ逃走中だ。熊本市に近い西臼杵郡などは戸締まりなど一応用心したい。

 実は平次は捕まえた犯人の約半数を見逃す。勧善懲悪よりも、人間としての善意の有無を追及するからだ。ただ犯罪が複雑化する現代では、性善説に立つと裏をかかれる懸念が強い。治安には、多少厳重に臨むくらいがいいかもしれない。

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