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ひめゆり学徒隊とヒメユリ

2019年7月10日
 高千穂町の五ケ所高原でヒメユリが咲いているそうだ。足を運び見るべきところだが長雨で足場が悪いことを言い訳に、現地支局長が撮影した写真を眺めるだけにしている。

 同高原は、国内の自生地では南限だという。細長い茎に直径数センチの朱色の花を付ける。かつては群生していたが乱獲や鹿、イノシシによる食害で激減。県版レッドデータブックで、ごく近い将来に野生絶滅の危険性が極めて高い絶滅危惧IA類に分類されている。

 ヒメユリと聞くと思い浮かぶのが「ひめゆり学徒隊」だ。ところで沖縄の戦場で、生徒・教師240人のうち136人が命を落とした悲劇の学徒隊の名称に、なぜゆえ本県を南限とするヒメユリがあてがわれたのかという疑問が生じる。

 ひめゆり平和祈念資料館によると沖縄県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部それぞれに校友会誌があり、その名称が一高女は乙姫、師範は白百合だった。一高女と師範が併置された際、校友会誌も一つになって両方合わせて「姫百合」と名づけられたという。

 両校から動員された生徒、教師たちを「ひめゆり学徒隊」と呼ぶようになったのは戦後のこと。沖縄にあった21の男女旧制中等学校から生徒が動員され「白梅」や「梯梧」と名付けられた複数の学徒隊があったことも忘れてはならない。

 74年前、わが国は沖縄を捨て石に本土決戦の準備をしていた。終戦が遅れていたら南九州に米軍が上陸した可能性もあった。そうなれば本県女学生の、もう一つのひめゆり学徒隊があったかもしれない。一輪の花の写真からの想像である。

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