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モリーの出産

2019年6月16日
 東京の上野動物園にいたモリーという雌のオランウータンの出産時のエピソードだ。破水後、横たわった状態から立ち上がって、天井の格子にぶら下がってしまったという。

 羊水が3メートル下の床にしたたり落ち、もう胎児の頭が見えている。飼育係は気が気ではなかった。このままでは新生児はコンクリートにたたきつけられる。いよいよ最後、モリーが体をよじると、赤ちゃんが空中に産み出された(中川志郎著「動物たちの愛の詩」)。

 新潟県長岡市で生後3カ月の女児が殺害された事件で、逮捕された母親の同市職員は「複数回落とした」と供述しているという。女児の頭部には激しい損傷があって死因は外傷性ショックだが日常的虐待をうかがわせる所見はなかった。

 長岡市によると母親は今年4月から育休中。同市が委託した助産師が自宅訪問した際に「授乳などで夜間に3回起きて、眠れない」と相談していた。保健師に対しても不眠を訴えるなど育児について悩んでいた。警察は突発的に、何度も床に落としたとみている。

 オランウータンの出産を見守っていた誰もが最悪の事態を予想して身を固くしたが思いがけないことが起こる。モリーは目にもとまらぬ早業で右手を伸ばし空中の赤ちゃんを受け止め、天井から寝台に降り立つと、しっかり抱きしめた。

 守るはずの手でわが子を床にたたきつけた人間の母だが、最悪の事態を防ぐ手立てはあったはずだ。子どもへの情でオランウータンに劣るはずもない。再発防止のため何が必要か。事件の背景まで含めた情報が共有されるように望みたい。

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