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蜘蛛の糸

2019年6月8日
 芥川龍之介の「蜘蛛(くも)の糸」で地獄を知った人は多いはず。悪業の限りを尽くした男を救うため、お釈迦(しゃか)様が垂らしたクモの糸は自分だけ助かろうとした邪心のせいで切れた。

 地獄という来世観は6世紀にインド、中国を経て朝鮮半島の百済から仏教とともに日本に伝えられたという。その具体的な様子を初めて示したのが「往生要集」、天台宗の僧侶源信(恵心僧都(えしんそうず))が10世紀に撰(せん)述し(じゅつ  )た仏教書だ(小栗栖健治著「図説地獄絵の世界」)。

 現世における罪によって地獄に落ちた人間は焼く、割く、剥ぐ、刺すを核とする責め苦を受ける。残酷この上ないが地獄の真の怖さは刑期の長さだ。もっとも刑の軽い等活地獄でさえも人間界の年数に換算すると1兆6千億年を超える。

 あの世に地獄などありはしない。そもそも死後の世界は永遠の無。この世にこそ本物の地獄が存在する、と聞いたことがある。ならばそこにあったのは大叫喚(だいきょうかん)地獄か、大焦熱地獄か。長男を包丁で刺殺したとして殺人の疑いで送検された元農林水産事務次官の家。

 捜査関係者によると元事務次官は長男について「中学2年のころから家庭内で暴力や暴言があった」などと説明。また事件当日、近所の小学校で開かれた運動会の音に「うるせえな、ぶっ殺してやるぞなどと言った」とも供述している。

 他人に害が及ぶのを恐れての犯行だった可能性はあるが獄卒の鬼もたじろぐ結末になった。発生から1週間。何千本もの蜘蛛の糸が元事務次官に届きそうだが予断を排して徹底検証したい。この世の地獄を減らす手がかりをつかむために。

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