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日本初の五輪メダリスト

2019年5月30日
 高気圧に覆われ、宮崎市でも気温が30度を超えた先日、大淀川の河原に下りると、けたたましい鳴き声の洗礼を受けた。川面と河原を隔てる低木やヨシの茂みから聞こえる。

 渡り鳥オオヨシキリの鳴き声だ。「ギョギョシ」と聞こえるので「行行子」の異名を持つ。この声に初夏を実感する人は多いだろう。春に空からわが物顔で鳴いていたヒバリは縄張りが確定したのか、河原で虫をつついている。等間隔に離れているのがおかしい。

 行行子はあまりのにぎやかさから「仰々しい」に例えられることもある。ちょっと仰々しい演出が特色であるNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)」で、先日はテニス選手の熊谷一弥(いちや)が特集されて県民として誇らしかった。

 生まれは福岡県大牟田市だが旧制宮崎中(現・宮崎大宮高)卒だ。ドラマでは主人公のマラソン選手金栗四三(しそう)が1920年のアントワープ五輪に出場したものの惨敗。期待が集まる重圧の中、熊谷が男子シングルス・ダブルスで銀メダルを獲得したと触れていた。

 日本人初の五輪メダリスト。番組終盤のエピソードでは、熊谷がプレーする昔の貴重な動画のほかテニス関係者が「この人がいなかったら日本のテニス人口は増えなかった」など錦織圭選手の活躍につながる偉大な功績を紹介していた。

 東京五輪開催の来年が100周年。本県との関わりに触れなかったのは残念だが認知度は上がったはず。チケット抽選申し込みは過熱し、東京五輪の関心が高まる。仰々しく顕彰しなくても、県内でももっと熊谷の功績が知られるといい。

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