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魔法の言葉

2019年5月12日
 地方支局に勤務したむかし、飲み方の席でしばしば「アニョ(兄よ)」と呼び掛けられた。呼ぶ人は、大抵年配者だったから親しみ半分、からかい半分の尊称だったはずだ。

 短いが、たったひとことで親しくなれる魔法のような言葉。兄をアニョと呼ぶ諸県地方などでは父親のことを「テチョ」、母親のことは「ネニョ」と言ったそうだが、こちらの二つは残念ながら耳にしたことはなかった(若山甲蔵著・比江島修一解説「日向の言葉」)。

 毎年今の時期になると胸の痛みとともにある人のことを思い出す。県内の病院で看護師として働いていたが自分の健康は二の次だったのだろう。乳がんで亡くなった。40代の半ばすぎ。子宝に恵まれるのが遅く一粒種の娘は9歳だった。

 残された一人娘のたった一つの救いは母親の匂いが染み込んだハンカチとタオルだったという。ビニール袋に入れ空き缶で大切に保管した。つらいことがあると隠していた場所から取り出した。匂いをかぐと心が落ち着いて、そのまま眠ってしまうこともあった。

 ネニョのネニの部分はネネ、子守歌にある「ぼうやはよい子だ ねんねしな」のねんねのことで漢字にすると寝々。眠りに就く子どもがねんねから母を連想、縮まったネネに呼び掛けのヨが付いて母をネニョと言うようになったらしい。

 きょう母の日。ネニョでも、本県にもう一つ伝わる方言のカカヤンでもいい。すでに方言が廃れてしまったところでは、母さんかママでもけっこうだ。安心の眠りを誘う魔法の言葉を添えていつも忙しい人に感謝の気持ちを伝えてほしい。

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