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言葉の軽い政治家

2019年4月13日
 幕末、長崎に来たロシアの作家イワン・ゴンチャロフが通訳を通して日本の役人に尋ねた。「長崎の人口はどのくらいですか」。役人は質問を日本語で反芻(はんすう)し上司に尋ねた。

 上司はまた別の役人を呼んで尋ねたが、その役人はまた部下に聞く。その部下は通訳に質問の趣旨を尋ねた後、どこかへ行った。とうとう別の役人が神妙に答える。「少ないこともあり、また時に多いこともあります」。あきれた作家は言う。「それが答えか!」。

 「日本人の言語表現」(金田一春彦著)で、昔の日本人は言葉数が少なかった例として紹介するエピソード。古代は言霊(ことだま)信仰から言葉を慎んだが「後世は、言質をとられることに極めて用心深かった」と分析する。役人は特にそうだろう。

 なのに、国民に範を示すべき政治家による隙だらけの言葉はどうしたものか。桜田義孝五輪相が同僚議員を「復興以上に大事」と失言。これまで不適切発言を積み重ねてきた責任もあって更迭された。新年度に入って、失言による政務三役の更迭はもう2人目だ。

 発言が騒動になった政治家は昭和のころもたくさんいた。しかし、それらは頑迷だったり、時代遅れだったり、ともかく政治的な信条から発した“問題発言”が多かった。最近は、雰囲気に浮かされて軽い気分で発している失言が目立つ。

 だから許されるわけではない。むしろ逆で、本音や政治家の資質が露呈したのだから責任は免れられない。用心深い役人のだんまりも情報公開に反するが、地位の高さに舞い上がって足元のふらつく政治家には、言霊の重さから教えたい。

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