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出版の喜び、いつまでも

2019年3月14日
 作家の高橋源一郎さんがラジオで、長編小説「さようなら、ギャングたち」でデビューした1982年の思い出を語っていた。初の出版でうれしさを抑えきれなかったそうだ。

 八重洲ブックセンター(東京)の開店前から、店頭に並ぶ自著を電柱の陰から見守った。来店客の5人に1人が触る。2時間たち、ようやく手に取ってページをめくる人も現れた。「自分の子供のようにどきどきした」。だが4時間たっても買う人がいなかった。

 「三十数年たっても、出版のたびに泣きたくなるような感動の気持ちは変わらない」。この感動は、初めての人も何度も本を出した作家も等しく体験することなのだろう。古本屋に並ぶ自著にいたたまれなくて自ら買ったという話も聞く。

 宮崎市の歌人俵万智さんも人一倍、自著への愛情が強いようだ。本紙連載「海のあお通信」で書いていたが、新刊「牧水の恋」が宮崎空港の書店に平積みされていると聞き、空港で確認。うれしさのあまり「著者ですがサインしてもいいですか?」と店に申し出た。

 書店の快諾は言うまでもない。「超貴重! 俵万智さん直筆サイン入り」と似顔絵入りのポップを立ててアピール。旅客らに大変好調な売れ行きだったとか。著者と書店、読者の心地よい関係が活字と紙の確かな手触りの上に築かれた。

 明日、第29回宮日出版文化賞表彰式で「郷土・大塚の歴史を楽しむ」(多田武利著)とともに受賞する「牧水の恋」は初の特別大賞となる。インターネット隆盛の世にあっても、自著が世に出る喜びと出版にまつわる人間模様は麗しい文化だ。

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