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イモを買う母子

2019年2月7日
 食料不足だった終戦間もない東京。作家佐藤愛子さんが随筆「日本人の底力」に「今も忘れないどん底の光景」を記している。焼土の一角に、ふかしイモを売る露店があった。

 ひと皿に3切れで10円の値札。店の前で母と子がじーっと皿を見詰めている。買うか買わないか、買うならどの皿のイモが大きいかを思案している。子どもの目には涙がいっぱい。食べたい一心の涙だ。ついに意を決した母親は端っこにある5円の皿を指さした。

 それは大きい1個と小さいイモのしっぽの部分一つがのる。買った彼女は、一つずつ子どもの両手に持たせた。「二つとも?」。子どもの問いに黙ってうなずく母親。「その表情には優しさなど微塵(みじん)もなく、日焼けした怒り顔だった」。

 母親も空腹だったに違いないが「いらいらするのを抑えて我慢したのだ」。佐藤さんは、食料確保に必死だった庶民の忍耐力と突進力で日本の復興の道が開けたとして「先輩たちの苦闘の日々を思うと私の胸は熱くなり、尊敬と感謝と自信が湧いてくる」と述べる。

 本県でも一般的になった節分の恵方巻き。大量の売れ残りが問題となるが、今年は廃棄される商品が全国で約10億円分に上るとの推計結果があった。間もなく送別会や歓迎会のシーズンを迎えるが、そこでも食品ロスは毎年課題となる。

 経済的損失が問題ではない。「貧乏だった昔」の話と言われても焼土にたたずむ母子の表情を思うと、食べ物を粗末にすること自体に罪悪感を覚える。食の在り方は人の生き方を規定しよう。宴会で、家庭でいつも考えたい倫理上の問題だ。

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