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七日ずし

2019年1月7日
 「あんたんとこはどこな」と尋ねられると宮崎市長だった故・長友貞蔵さんは「住吉の芳士の、線路ん東側の“きんぢくやぼ”のあるところよ」といつも答えていたという。

 きんぢくとは金竹(きんちく)のこと。やぼは藪(やぶ)。金竹はすぐはびこるので生垣になる。宮崎平野では“きんぢくやぼ”に囲まれた民家がたくさんあった。特に海岸に近い場所では防砂、防風のために重宝された。枯れ竹は火力があり風呂だきに向く。うまいタケノコも採れる。

 細く割った若竹はたき物をしばるのに使う。冬は竹の葉をわらと交ぜて牛のえさにした。戦時中は繊維の材料にもなったという。長友さんの随想集「冷や汁の味」は、昭和における本県の風物を詳しく描いていて、貴重な民俗の記録だ。

 正月七日は市の消防出初め式で、市長は早朝から出席しなければならなかった。毎年、夫人が鏡もちを煮込んで前日から用意した「七日ずし」を食べて出かけた。「力がつきます。体も暖まります。底冷えする出初め式にはもってこいの朝食です」と記している。

 七日ずし、といっても分かる人は少なくなった。七草がゆのこと。しかしなぜ「ずし」なのか疑問に思っていたが、ふと言語学者金田一春彦さんの文章に出合って謎が解けた。九州の中部当たりでは、雑炊を「ズーシー」と言うそうだ。

 長友さんの回想によると、2代前の清山芳雄市長が「七日ずしを知らない子ども」と生活の乱れの関係を語っていたという。今では少し極論になるが、季節の節目を大事にしたい思いだったのだろう。確かに廃れるには惜しい正月行事だ。

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