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生月鯨太左衛門

2019年1月4日
 相撲史をひもとけば江戸時代後期に生月鯨太左衛門(いきづきげいたざえもん)というしこ名の力士が登場する。肥前国平戸領の生月島の出身で7尺5寸(227センチ)、45貫(169キロ)の巨漢だった。

 耕地の乏しい生月は捕鯨頼みの島。甲子夜話の著者として知られる平戸藩主の松浦静山は巨躯(きょく)にして未熟な桃の実を握りつぶす怪力の持ち主には鯨豊漁の瑞象を招く力があると信じ、鯨の字を含むしこ名を与えた(宮本徳蔵著「力士漂泊 相撲のアルケオロジー」)。

 日本政府は鯨資源の数的管理を担ってきた国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、今年7月から日本近海や排他的経済水域(EEZ)で約30年ぶりに商業捕鯨を再開する。長期的には北西太平洋の公海での商業捕鯨の可能性を探る構えだ。

 北西太平洋の公海ではこれまで調査を名目に捕鯨を実施してきた。公海で商業捕鯨を行えば反捕鯨国からの反発が強まるのは必至。採算性も見極める必要がある。捕獲数を増やせる可能性はあるが、鯨肉の需要が弱いと事業者の操業が見込めないなど課題は多い。

 貧しかったという生月島に限った話ではない。一頭の鯨で七浦賑(にぎ)わうとされ肉や皮はもちろん骨、内臓まで余すところなく利用してきた日本人だ。給食の献立で味を覚えた世代として脱退の先行きがどうなるか、気になって仕方がない。

 生月鯨太左衛門の実力は意外にも二段目で白星黒星半ばする程度だった。体と力だけでは相撲に勝てないのは今も同じ。“第2IWC”という新たな土俵を設けることも検討する政府だが力技で押し切れるほど反捕鯨国の圧力は甘くない。

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