ホーム くろしお

河野知事と五輪の縁

2018年12月27日
 投票率は寂しかったが、圧倒的な得票率を掲げて3期目となる河野俊嗣知事の県政が始動した。かつてないほどの人口減少にどう対応するか、本県の将来像を描いてほしい。

 選挙期間中、河野知事の後援会が発行した冊子「政策提案」を見ると、プライベートな横顔を紹介するコーナーがある。その中で宮崎市・平和の塔の前に大勢の男女が立つ古い写真があった。1969年6月3日の日付。その中の幼児が当時4歳だった河野知事。

 「残念ながら記憶にない」が、出身地である広島県呉市の実家が営む家具店の社員旅行で撮影されたものという。64年9月9日、塔の前に設置された聖火台に東京五輪の聖火がともされたが、その前日が生まれた日だったという奇縁も。

 そして今、県知事として、2020年東京五輪・聖火リレーの本県ルートを検討する立場にある。おそらくほとんどの市町村が誘致しているはずだが、4月26、27日の2日間で回る日程からすると、隅々まで回る余裕はない。ルートの選定には頭を悩ましそうだ。

 メインスタジアムの新国立競技場では設計段階で聖火台が検討されていなかったなど、「五輪の象徴」の割には火力の乏しさが気になる聖火だ。競技場に仮設するほか、お台場と有明をつなぐ場所に聖火台を設ける方針がやっと固まった。

 平和の塔の聖火台は現在、平和台公園のはにわ館にある。古い五輪ファンからは再活用を望む声も聞くが、河野知事も思い入れがあるかもしれない。ともかく「さすが聖地」と全国がうなるほど、聖火が輝くリレーを本県から見せつけたい。

このほかの記事

過去の記事(月別)