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なおみの夢

2018年9月13日
 日本テニス界の先達として名を残すのが本県にゆかりのある熊谷弥(くまがいいちや)さん。旧制宮崎中(現宮崎大宮高校)卒業生。輝かしい戦歴とともに語り継がれているのが次の逸話だ。

 なんと、夏休みに出身地の大牟田へ帰るとき宮崎と人吉の間112キロを歩いたという。「スポーツの基本は健脚である」をモットーとし、足腰を鍛え抜いた。ちょうど100年前の1918(大正7)年に全米テニス選手権(今の全米オープン)で4強入りした。

 日本で考案された軟式庭球から世界主流の硬式に転向。軟庭独特の厚いグリップから繰り出すトップスピンを武器に欧米の強豪選手を撃破した。オリンピックのアントワープ大会でも単複で銀メダルを獲得したが頂点には届かなかった。

 1世紀余り、あまたの日本選手が果たせなかった四大大会シングルス優勝の夢を大坂なおみさんが二十歳で成し遂げた。決勝は警告を巡って相手がしつこく主審にクレームをつける異様な雰囲気の試合となったが大坂は黙々とプレーを続け集中を切らさなかった。

 父親の姓ではなく、日本姓の大坂である理由を尋ねられると「大阪で生まれた人の名字はみんなオオサカなの」と陽気にジョークを飛ばす。次なる夢は来週、東京の立川で始まる東レ・パンパシフィック・オープンで勝つことだという。

 サーブは最速200キロ。100キロの道を歩いて鍛えた熊谷さんも泉下で目を見張っていよう。その名前を聞くと思い出すヒット曲のタイトルを借りて祝福したい。あこがれの選手と戦って勝つという「ナオミの夢」が、かなっておめでとう。

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