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島守知事

2018年8月10日
 戦前は内務省を中心とした中央省庁のキャリア官僚が知事として赴任した。いわゆる官選知事だ。沖縄県最後の官選知事が、「島守の神」と地元民に慕われる島田叡(あきら)である。

 島田に沖縄県知事の内命が下ったのは1945年1月。太平洋戦争は日本の敗色濃厚で、沖縄への米軍上陸は確実視されていた。島田の前に候補者数人の名が挙がったが、みな「沖縄ならご免」と固辞したという(田村洋三著「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」)。

 膵(すい)がんの切除手術後、療養しながら公務を続けてきた沖縄県の翁長雄志知事が亡くなった。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対を続けたシンボル的な存在の人。再選出馬を期待してきた移設反対派は言葉を失った。

 一方自民党は、翁長氏が4月に膵臓に腫瘍が見つかったと公表したのを踏まえ、対立候補の選考を急いできた。7月上旬には宜野湾市の佐喜真淳市長に出馬を要請。佐喜真氏はこれを受諾し、県内経済界の関係者の支援も得て、選挙への準備を着々と進めている。

 島田は上司にこびることのない型破りの官僚だった。内務省入りして3年目、警視として徳島県の警察官へ「市民の幸福のためにしゃくし定規やセクト主義をなくせ」と訓示したことで上からにらまれ、出世街道から外れた経歴を持つ。

 沖縄着任から激戦の中、消息を絶つまでの5カ月、島田は県民の食料確保や疎開のために尽くし、10万人以上を救ったとされる。次の沖縄県知事には誰がなるのか。遠い将来、あの人も「島守の神」だった、と回顧されるような人ならいいが。

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