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武士は武士らしく、政治家は政治家らしく

2018年7月29日
 「俺はこのままでいいと思っている。死ぬまで新選組副長土方歳三でいい。それ以外のものになろうとは少しも思っていない」。「六月は真紅の薔薇」(三好徹著)のセリフだ。

 結核を病む沖田総司に「無用の処罰が多すぎる」と苦言を呈された土方が、いったん武士になったからには武士らしくあらねばならぬ、士道に背くまじきこと、というのはそのためにあるんだ、と言い放つ場面である。地位のことなど二の次まったく眼中にない。

 自民党のトップを決める9月の総裁選は、安倍晋三首相と石破茂元幹事長による一騎打ちとなる公算が大きくなった。有力候補と目されていた岸田文雄政調会長は早々に不出馬を表明。岸田派として安倍氏の連続3選を支持する方針だ。

 3年後の禅譲を思い描いての忍従だろうが果たして思惑通りに行くか。派内には若手を中心に、立候補すべしという主戦論も多かったと聞く。局中法度でたちまち切腹となった新選組に比すれば何ほどのことはないが総裁選に負ければ人事で冷や飯を食わされる。

 派閥に属する議員たちのこれからの処遇にも影響するから、出るか出ないか、悩みどころなのは十分承知だ。だが閣僚、党の要職などのキャリアも十分で、周囲の期待もかなり高い人物の判断となるといささか慎重すぎて、残念至極だ。

 政治家が政治家らしくあるための条件は、思い描く国の姿を実現したいという渇望感を持つことだろう。国民の大半は蚊帳の外ながら大切な自民総裁選だ。期待したいのは日本にたった一つの地位を巡って蚊帳の外も熱くする論戦である。

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