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野球のうま味

2018年2月13日
 食と酒の文化に関する評論家で含蓄あるエッセーの名手、重金敦之さんの著書「食彩の文学事典」(講談社)によると、おでん鍋は「人間社会を映す鏡」のようなものだという。

 その理由は「自らうま味を出すタネがあればそのうま味を取り込むタネもある。周囲のタネより少しでも浮かび上がろうと背伸びするタネもあるから」だ。面白い指摘でなるほどと納得したが同時に、自らうま味を出す人の比率ってどのくらいだろうとも考えた。

 先週土曜に宮崎市のKIRISHIMAサンマリンスタジアム宮崎で開催された巨人とホークス(南海、ダイエー、ソフトバンク)の往年の名選手によるOB戦を同僚と観戦した。雨天にもかかわらず集まったファンは1万7600人。

 試合開始が1時間遅れ、雨がっぱからはみ出た手や膝頭がぬれて、体の芯まで冷え切ったが選手たちが登場すると体も心も一気に温まった。カクテル光線の効果もあったかもしれないがプレーボールで鍋のふたが開いて、湯気が立ち上がったような錯覚に陥った。

 目の前にいるのは野球人生でうま味を出し続けてきた人ばかりだ。球場が最大級に沸いたのはメジャーで活躍した松井秀喜さんが打席に立ったときだったが、78歳城之内邦雄さんの投球に「頑張れ」と声援を送るオールドファンもいた。

 重金さんが持論としている言葉は「楽しい食卓を囲める人はすべて食通」だ。この日の鍋ならぬ試合を囲んだ人たちにとって勝敗はどうでもよかったはず。最後まで見届けた人はみんな野球ファン。いただいたうま味はあすの活力になる。

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