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時間と人への祈り

2018年2月8日
 過去は思い出か、想像の中にしかよみがえらない。しかし忘れやすいのも人間の性(さが)。生き生きと過去を再現するのは難しい。日付や時刻は過去をしのぶ大事なよすがとなる。

 第22回若山牧水賞を受けた三枝浩樹さんの歌集「時祷集(じとうしゅう)」には、自分の過去だけでなく歴史上の年月日が頻繁に登場する。「昭和四十二年四月の十二日午後八時時計は動きいたりや」。窪田空穂記念館で、ガラスケースに収まる止まった懐中時計を見て詠んだ歌。

 敬愛する歌人の生きた時間をいとおしむようになぞる。故人の生きた証しを正しく時間の中にとどめることが、己の生を映し出すのかもしれない。「歌は鎮魂であり、祈りでなければならない」という著者の真摯(しんし)な姿勢が伝わってくる。

 魔法にかかったように、きのうの授賞式でも坪谷小児童による牧水の歌斉唱、審査員の講評、三枝さんのあいさつまで一瞬一瞬がとてもいとおしい時間に思えた。勝手な解釈だが、歌集に込めた時間と人への祈りは今を大切にするメッセージになるのではないか。

 三枝さんによると、牧水賞の選考会があり、受賞の連絡を受けた昨年10月17日はちょうど誕生日だった。あいさつで「ビッグサプライズだった」と笑わせたが、ここにも人の営みを歴史から見る優しいまなざしが表れていたように思う。

 今日はカルチャープラザのべおかで受賞記念講演会がある。歌集を読むと意外なほどアウトドア派で、幅と奥行きのある受賞者が語る牧水像が楽しみだ。「平成三十年二月八日午後三時」から。牧水賞の新たな歴史を刻む大切な時間になる。

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