ホーム くろしお

表現とハンディ

2018年1月28日
 宮崎市出身で東京を中心に活躍する「片腕のギタリスト」が話題を呼んでいる。湯上輝彦さん(41)。まだネット動画しか見ていないが、左手の指使いだけで巧みに音を紡ぐ。

 もともと一線のバンドマン。ところが脳出血で倒れて右腕が不自由になる。一時は絶望したが、音楽の情熱を断てず再びギターを手にした。修練を重ねて、自在に弾けるようになり今では演奏依頼が殺到。「多くの人の応援に気付けた」と本紙の取材に語っている。

 耳が不自由になっても第9を完成させたベートーベンのように障害をものともせず、むしろその克服が芸術的な感性を高めたように見える人がいる。その苦心の結晶が人の心を揺さぶるのは、表現と生き様が一体化して輝くからだろう。

 宮日会館で今日まで開催中の絵画展「口と足で表現する世界の芸術家たち」でも強く感動した。添付の写真からは両手が使えず口や足で絵筆を駆使した制作風景が分かる。頭の中のイメージを正確に絵で再現するのに、どれほど膨大な時間と苦労を要したことか。

 想像すると言葉が見つからない。だが作品の完成度を見れば「必要なのは手よりも内面だ」と諭された気分になる。表現したい衝動が本来強いのか、ハンディが誘発したのか。そもそも人はなぜ表現するのか。難問が頭の中を去来する。

 吉田兼好は「言いたいことを言わないと腹にもやもやがたまって不快」と書く。すべて作品に昇華する芸術家でなくても、自分をだれかに知ってほしい欲求はだれにでも共通するはずだ。同展は表現することの根源的な意味を問うてくる。

このほかの記事

過去の記事(月別)