ホーム くろしお

化学遺産の実験ノート

2018年1月25日
 草葉の陰でたぶんその人は泣いている。佐賀出身の黒田チカ。女子高等師範学校(現お茶の水女子大)助教授を経て、東北帝国大学に学んだ日本の女性研究者の嚆矢(こうし)である。

 女性では初めての帝大生(同期に丹下ウメ、牧田らく)としてリケジョのさきがけとなるが、化学者としての実績も偉大だ。帝大では結晶化しにくく熱にも弱い日本古来の染料紫根(しこん)の色素精製に初めて成功した(小倉明彦著「お皿の上の生物学 阪大出前講座」)。

 京都大iPS細胞研究所の山水康平特定拠点助教の論文に捏造(ねつぞう)と改ざんがあった。iPS細胞を使って脳の構造体を作ったとの論文で主要図6点全てに不正があったという。再生医療分野で世界的に注目される研究所の残念な不祥事だ。

 京都大が内部の指摘で調査したところ補足図5点の不正も判明。作製したとする構造体も論文通りのものはできていなかった。「根幹をなす部分で重要なポイントで有利な方向に操作されており結論に大きな影響を与えている」として米科学誌に論文撤回を求めた。

 黒田チカは英国留学後に迎えられた理化学研究所でもベニバナ色素精製と構造決定に成功するなど数々の研究に打ち込んだ。その時の実験ノートを含む遺品は2013年、日本化学会の認定化学遺産として永久保存されることになった。

 「お皿の上の-」によると黒田のノートは現在においても「実験記録はかくあるべし、の手本としてふさわしい」という。不正の悪魔のささやきが聞こえる研究者がいたら化学遺産を読み返してほしい。目を覚まさせてくれるだろうから。

このほかの記事

過去の記事(月別)