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犬語と牧水

2018年1月10日
 彼らの世界から見れば、人間の世界の方が不思議で窮屈なのかもしれない。宮崎市のみやざきアートセンターで開かれている「ひつじのショーン展」に登場する動物たちだ。

 英国のアニメ。羊のショーンと仲間、牧羊犬のビッツァーらがいたずらをしたり遊んだりする物語だ。Eテレで見たことがあるが、興味を引いたのが言葉がないこと。人間の牧場主も出て何かしゃべっているのだが、もごもごして英語であるのかさえ分からない。

 人間の世界も動物の視点から描くためか。動物を擬人化したアニメでは、人間は動物の話が分からなくても動物は人間の話を理解するパターンが多いが「ショーン」は対照的だ。人間から隔絶した世界を保っている点が魅力になっている。

 今年は戌(いぬ)年。人間の暮らしに最も身近なペットとして、子供のころ彼らの言葉を理解できたらと思った人は少なくないはずだ。残念ながら体系化された「犬語」はないので会話はできないが、心が通じ合ったと思える瞬間があるのも犬の飼い主からよく聞く話だ。

 郷土の歌人・若山牧水にも犬の歌がいくつかある。植物や山とも心を通わせる回路を持っていた牧水だ。当然、歌からも犬との間の親密な関係をうかがわせる。その一つ「ゆふまぐれ遊びつかれてあゆみ寄る犬と瞳のひたと合ひたる」。

 言葉は交わせなくても表情やジェスチャーが「口ほど」にものを言う。「指に触るるその毛はすべて言葉なりさびしき犬よかなしきゆふべよ」。牧水のように“犬語”を理解できたら、ペット遺棄や殺処分の問題はもっと解決できるはずだが。

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