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明治維新150年

2018年1月8日
 明治維新から150年となる。河野知事が仕事始め式で、小村寿太郎を見いだした日南市飫肥出身の小倉処平を紹介するなど今年は当時の話題を取り上げる機会が多そうだ。

 明治元年イコール西暦1868年と思うが、実は69年にも少しかかる。当時の太陰太陽暦と西暦ではずれがあるためだ。暦だけでも、新政府が次々と打ち出した施策に人々が戸惑っただろうと推測できる。68年にあった多くの出来事の中に3月の堺事件があった。

 フランス兵殺傷事件の責任で、土佐藩士が切腹する経緯を描いた森鴎外の小説を思い出した。非はフランス側にあるのだが、弱い立場の新政府は外交関係のために発砲した土佐藩警備隊の処分を決定。発砲を認めた土佐藩士は29人いた。

 隊長以下20人を処罰することになり、くじ引き。切腹は11人で中止になったが、むごたらしい場面の連続に気が重くなった。また理不尽さが強烈なだけに、死を受け入れた侍が印象的だった。前年だが、似た事件が京都を警備していた都城島津家の藩士らにあった。

 新選組から威嚇射撃を受けた若い隊士6人が本隊に報告したが、周囲から「戦わず逃げた」などと非難され、6人は名誉を回復するため切腹したという。昨年、都城市の有志らが京都の墓を訪れて6人のみ霊を故郷に帰す祭儀を開いた。

 彼ら武士が守りたかったものは名誉のほかに家の存続だった。国家や藩、家のために命をささげた時代からすれば今は隔世の感がある。失ったものもあるが、人命尊重の価値観はやはり150年の間に日本人が獲得した文明の成果だろう。

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