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命のビザリレー

2017年11月10日
 ユネスコは、第2次大戦中に「命のビザ」で多くのユダヤ人難民を救った岐阜県出身の外交官杉原千畝の資料「杉原リスト」の「世界の記憶」(世界記憶遺産)登録を見送った。

 杉原千畝に関する申請資料は、ナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ人に大量発給したビザ(査証)や対象者の一覧表などだ。日本ユネスコ国内委員会が全国から公募し、上野三碑(こうずけさんぴ)とともに選定した候補だった。ユネスコは不登録の理由を明らかにしなかった。

 登録せずのニュースが朝刊各紙に掲載された日、岐阜の県紙、岐阜新聞社の記者も含む同業者たちと熊本県内の地震被災地をめぐるバスで一緒だった。「残念だったね」「登録されない理由はなんだ」とひとしきり車中の話題になった。

 杉原は赴任したリトアニアで迫害されていたユダヤ人にビザを発給した。その「命のビザ」を引き継いで亡命を手助けしたのが宮崎市佐土原町出身で、ウラジオストク総領事代理だった根井三郎だからだ。根井がいなければ杉原のビザもただの紙切れになっていた。

 以前もこの欄で取り上げたが亡命ユダヤ人に関する最新の研究によると、その多くはソ連占領下だったポーランドのユダヤ教聖職者で、無神論国家ソ連からの迫害を恐れて脱出した人々だったという。だが命を救ったことに変わりない。

 杉原、根井からバトンを引き継ぎ、ユダヤ人が強制送還されず日本に滞在できるように尽力した小辻節三という人もいる。世界の記憶の審査は2年に1度。盛り上げたいのは杉原、根井、小辻の「命のビザリレー」で登録を目指す機運だ。

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