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持永和見さん死去

2017年9月6日
 都城市庄内町の町家カフェ「もちなが邸」は、明治時代の雰囲気を残す古民家と伝統的な料理で人気だ。ここは亡くなった同町出身の元衆院議員持永和見さんの実家である。

 今は所有が移っているが、名称に「持永」が残っているところに同町における持永家の存在感、町民の敬愛が伝わってくる。父も内務・厚生官僚を経て衆議院議員を務めた家柄だ。旧家の出身らしく柔らかな物腰。どこにいても超然とした雰囲気を漂わせていた。

 選挙区をはいずり回る戦いは苦手。そんな持永さんが長靴を履き、髪を乱して、必死の形相でマイクを握っていたのを見たのは1990年2月の衆院選だった。リクルート事件、消費税存廃問題などで自民党候補には逆風が吹いていた。

 本県では大物自民党候補2人が落選、社会党が2議席奪還する大激戦の末、2区の持永さんはかろうじて当選。大広間の支持者の前で持永さんは紅潮し、涙を浮かべて「本当にありがとう」と何度も頭を下げていた。政治家として一回り成長した瞬間だったと思う。

 厚生省(現厚生労働省)で要職を歴任し、社会保険庁長官も務めた持永さんの支持基盤は医療・福祉関係の団体だった。しかし、それだけではない。高齢社会が急速に進み、医療や福祉、年金に対する県民の関心の高まりが後押しした。

 薬害エイズ問題の追及を受けたり、後継に期待した長男が急死したりする不幸もあったが、尋ねれば年金改正や少子化問題等について丁寧に解説してくれた。本県の医療・福祉を考える上で、この喪失感を埋める政治家は現れるだろうか。

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