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神鹿

2017年8月10日
 江戸時代の対馬府中(現対馬市厳原)に陶山訥庵(すやまとつあん)という人物がいた。京都と江戸で学んで帰島後、重職だった郡奉行に任じられると真っ先に取り組んだのが農業改革だった。

 島の狭い土地を最大限生かすために集約的農業への転換を図ったが、大きな障壁になったのはシカ、イノシシによる食害だった。訥庵はなんと全島から一頭残らずシカ、イノシシを駆逐するという計画を立てるのだが、賛否がぶつかり激しい議論が巻き起こった。

 野生動物を人為的に絶滅させるのは仁の道に反するなどの意見もあった。中でも賛成派が一番頭を悩ましたのは五代将軍・徳川綱吉の生類憐れみの令だった(加来耕三著「戦国~幕末・維新三○○諸侯の家老列伝 名家老とダメ家老」)。

 奈良県は先月末、国の天然記念物「奈良のシカ」を捕獲するため奈良市東部に6基のおりを設置した。シカは保護の対象で、手厚く守られていたが、数が増えすぎて農林業の被害が深刻化しているためだ。1957年の天然記念物指定から捕獲は初めてだという。

 藩内の反対論、生類憐れみの令にもかかわらず訥庵はシカ、イノシシ狩りを断行した。その方法は島内を6エリアに分け、シカ、イノシシが越えられない柵で仕切ってからひと区画ごとに順次全滅させていくという徹底したものだった。

 訥庵の策は、シカ皮の販売などで島がうるおい、人口も増えたことで結果、成功とされたが愛護の立場からやりすぎの批判もあった。シカ食害に悩む地域は奈良に限らない。捕獲作戦を人間と動物の共生について考えるきっかけにしたい。

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