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月の石

2017年5月20日
 大阪万博が半年間の会期中、6400万人も入場したのは「月の石」の集客力があったからだろう。貴重な石をひと目見ようと津々浦々から人が集まり長蛇の列をつくった。

 万博前年の1969年にアポロ11号のニール・アームストロング船長らが人類史上初めて月面着陸に成功したのを皮切りにアポロ計画の有人飛行によってさまざまな着陸地点の石が地球にもたらされた。それらはどんなダイヤモンドも及ばない価値を持っていた。

 万博誘致から開催、その跡地利用までのすべてに関わり、万博の翌年67年の生涯を閉じた第13代大阪市長中馬馨さんは本県西都市の出身だった。この人の先見の明とひらめきなくしてアメリカ館における月の石の展示は実現しなかった。

 万博を4年半後に控えた時期、準備のための視察で米国を訪れた中馬さんは時のジョンソン大統領にならぶ民主党有力者のシカゴ市長との昼食会で「米国が有人飛行を成功させ月の石を持ち帰ることを期待している。その石を出品していただきたい」と発言した。

 地元紙の取材にはパリ博のエッフェル塔が鉄筋ビル時代を招来したことなどに触れ、月の石が出品されれば万博史上初の宇宙時代の幕開けの栄誉を担うことができると語った(黒田隆幸著「月の石 都市復権にかけた中馬馨 命の軌跡」)。

 JR宮崎駅東側にある宮崎科学技術館で開催中のアポロ展に足を運んだ。月の石をながめながら郷土の先輩中馬さんのことや万博の熱狂、月面着陸のテレビ中継で西山千さんの同時通訳に感動したことなどを思い出した。同展は28日まで。

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