ホーム くろしお

江戸守護の日光、西国をにらむ久能山

2017年4月17日
 徳川家康公の一周忌を期し、1617(元和3)年4月17日、遺言に従って久能山から日光への「遷宮の儀」が行われた。今からちょうど400年前のきょうのことである。

 家康公は死の直前に久能山のほか、日光にも小堂を建てるよう言いつけており、前年の10月から神殿工事が進められた。日光社殿は最終的に豪華を極め、3代将軍家光造営分だけで費用56万8千両といわれる(明田鉄男編著「実録事件史年表江戸10万日全記録」)。

 宮崎市の県立美術館で開催中の特別展「家康没後四百年 徳川歴代将軍名宝展-久能山東照宮」の会場で歴史ファンたちが、久能山東照宮が所蔵する歴代将軍甲冑(かっちゅう)や刀など重要文化財20点を含む69点を見詰める視線の熱さに圧倒された。

 来場者の目当てはいろいろだろうが甲冑、久能山東照宮で最も重要な神宝(しんぽう)とされる「太刀 無銘 光世作」(通称・ソハヤノツルキ)、開幕直前に天皇、皇后両陛下とスペイン国王夫妻が鑑賞された洋時計前で立ち止まり、ためつすがめつ眺める人の姿が特に目立つ。

 江戸最盛期には169の東照宮があったそうだ。今、東照宮と名の付く神社は全国に約100社。その中でも久能山(静岡)と日光(栃木)の2社は「西国ににらみを利かす久能山」「江戸を守護する日光」などの説があって人気を分かつ。

 名宝のなかには「遷宮の儀」の日のようすを見守ったものもあるだろう。地味だが日常、家康公が手元に置いた目器や香炉の類もある。それらの品々と向き合って、想像をふくらませればいくさの世が終わった時代の空気が伝わってくる。

このほかの記事

過去の記事(月別)