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苦しみの一年、悲しみの一年

2017年4月14日
 重く、深い。「苦しみの一年が過ぎ、悲しみの一年がつみ重なっていくうちに、野をわたる風が死者の声を運んでくれる。山中の樹木のあいだに亡き人の姿が立ちのぼる」。

 「挽歌の宛先 祈りと震災」(河北新報社編集局編)にあった宗教学者の言葉だ。またある寺の住職は、震災前、大切な人を亡くした遺族に「悲しみは時間とともに薄らぐ」と語っていたが3・11に5人の肉親を失い、それは誤りだったことに気づいた、と吐露した。

 熊本地震からきょうで1年。崩落した阿蘇大橋に近い東海大阿蘇キャンパスの本格的な復旧の見通しは立たず、アパートの下敷きとなって亡くなった学生たちがいた「下宿村」は静まりかえっている。仮設住宅などで4万人超が暮らす。

 一年たてば心は癒えよう、暮らしも立ち直るだろうと考えがちだが大地のかたちを変えるほどの震災からの復興は易しくない。「苦しみの一年」に耐えても、次には「悲しみの一年」がつみ重なっていくという。被災地と向き合うとき肝に銘じておきたい鉄則だ。

 肉親を失った住職は今では、こう呼び掛けているそうだ。「悲しみは消えず、うまく付き合うしかない」と。宗教者でも癒やせない「次の一年」につみ重なる悲しみだ。だが易しくないことと知りつつも少しでも軽減されるように願う。

 震災関連死が止まらない。これまで170人が認定され、建物の下敷きになるなどして亡くなった直接死の3倍強に達している。野をわたる風が運ぶ死者の声、樹木のあいだに立つ亡き人の姿をこれ以上増やしてはならない。一人たりとも。

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