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境遇を楽しめる達人

2017年3月19日
 小学校低学年のころ近所に俳優に似たおじさんがいた。だんだんと「似ている」から「きっと本人」となり、「テレビドラマに出るあの人はおじさんに違いない」と思い込んだ。

 あり得ない話。たぶん分かっていたが、現実から離れて架空の世界に遊ぶと楽しくて仕方ない。そんな奇妙だが豊かだった時間を、宮日文芸賞の受賞者特集(15日付)で思い出した。詩壇の後藤光治さんの作品「乾燥場」。まさに同じ謎を子供のころに持ったからだ。

 だいぶ減ったが、農村にはよくあった葉タバコの乾燥小屋。屋根の上にさらに小さな屋根が2段ほどかけてある。「あの3階には小さい子が住むのだろうか」などと、内部の構造について妄想が膨らむが、いずれ「積年の謎」は解ける。

 小屋は居住空間ではなく煙を出す工夫だった。詩では「世界から一つ秘密が無くなった/そして僕は少し寂しくなった」と締めて、少年時代への愛惜をかき立てる。子どもの謎がすべて詩的になるわけではないが、純粋に保った感性が文学の入り口を開くのだろう。

 きょう授賞式。詩、短歌、俳句、川柳それぞれ受賞者の感想を読むとよくある「長年の研さん」といった趣は少ない。創作、投稿を始めて間もない人もいる。ただ毎日の生活で感じたことを細かく書き留め、地道に言葉を組み立てている。

 「気付き」の積み重ねで「以前と違う感覚になってきた」(歌壇の大山敬吉さん)という。「おもしろきこともなき世をおもしろく」と言ったのは高杉晋作だが、受賞者はまさに今の境遇を楽しめる達人。作品を読み返してコツを見習いたい。

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