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宮崎地検検事正に就任した 早川 幸延(はやかわ・ゆきのぶ)さん

2018年2月21日
 忘れられない事件がある。大阪地検の検事だった2001年、8人の命が奪われた大阪教育大付属池田小での児童殺傷事件だ。捜査主任を務めながら、自身の長女と同じ年頃のわが子を亡くした遺族の聴取も担当した。

 「励ましの言葉がつらい」「気持ちの切り替えなんてできない」。悲しみを供述調書にくみ取ろうとしたが「本心にどこまで近づけたか」と今も自問する。「本人でない以上、思いを完全に理解することは難しい」。だからこそ後進には、被害者に可能な限り寄り添うよう求める。

 千葉県出身。1990年に任官し、大阪地検公安部長、名古屋地検次席検事などを歴任。初めてトップに就いた宮崎地検で「検察事務官も含め、話しやすい環境」を目指す。日本では起訴の権限を持つのは検察官だけ。「人の人生を左右する判断に伴う精神的負担は大きい。一人で抱えず助け合うべき」との思いからだ。

 県警との連携も重視する。駆け出し時代、新年早々に交通規制を伴う捜査を余儀なくされた。誘導の警察官にドライバーが吐き捨てる言葉に、市民と接する警察官の苦労を垣間見た。「業務が多岐にわたる警察には、検察とは違う捜査の段取りがある。話し合って理解し合うことが大事」 「失敗は数え切れない」と語る気取らない人柄。ロッキード事件を担当した元検事・松田昇氏の「おごらず、気負わず、そしてひるまず」が信条。「宮崎では神話ゆかりの場所を訪ねてみたい」。滋賀県に住む家族と離れ、宮崎市で単身赴任。55歳。

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