京都府綾部市と聞いて、大本教をモデルにした高橋和巳の長編小説「邪宗門」を思い浮かべる人がいるかもしれない。下着メーカー「グンゼ」の発祥の地としても知られる。
京都市と日本海側を結ぶ要衝の地だが、人口減少と山間部で進む高齢化は、ご多分に漏れない。そんな中山間地共通のハンディを逆手に取り、活性化に生かしたのは四方八洲男市長だ。全国に先駆けた「水源の里」条例を制定、過疎地域の新たな再生の道を探る。
活性化にいかにリーダーの力が大きいか。たとえ高齢化率100%の集落でも、特産物の販売事業に行政が補助金を出す。集落でやる気が増す。いわゆる限界集落以上の悪条件ながら、水源の里のブランドに全国から人が集まる盛況だ。
こんな先進例がモデルだったか。県が募集していた限界集落など意欲的な集落の名称が「いきいき集落」に決まった。中山間地の「限界集落の呼び方はやめて」の訴えから生まれた新呼称。今後は元気な集落づくりに取り組む地域をネットワーク化し、支援する。
元日付本紙「新春茶の間」に、限界集落に生きる決意を寄せた諸塚村立岩、藤田保子さん(47)は「応援していただく気持ちはよく伝わる。ただ現実感がない。しらじらしいような気も」。土地の人の覚悟に、命名はやや軽い気もするが。
ともあれ名称はきっかけになる。県内外からの1800件を超える応募は、中山間地への激励と友情の証しと考えたい。山とその集落は日本人の原郷であり、原風景でもある。それがいま存続の危機にある。あとは県民がサポートする番だ。
2008年10月11日
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