2007年08月の記事一覧

グループは、栃木県茂木町で8月24日までの2日間開かれた第13回サミットに招かれ、歌声を披露した。
この曲は、日南市で昨年10月に開かれた第12回サミットで歌うため作った。鈴木代表が作曲し、子どもたちが「晴れた日は棚田へ行こう ぼくたちの守りたい大切なふるさとの棚田へ」などと、古里への思いを込めて歌詞を付けている。

県内外から15チーム、約50人が参加。インラインスケート部門には10チーム、靴を履く部門には5チームが出場した。1チーム3人編成。縦30メートル、横15メートルのコートに高さ40センチ、幅60センチのゴールを使い、前後半とも5分間対戦した。
このうち、インラインスケート部門では、選手がアイスホッケー用スティックを使い、パックを追った。接触プレーは禁止だったが、迫力とスピードある試合展開で、観客を魅了した。

韓国仁川市の小学生のボランティア団体「カチョンミチュホル青少年奉仕団」のメンバーら13人が8月29日、宮崎市田野町伝承芸能館を訪れ、同町雨太鼓保存会の教室生たちの前で伝統芸能を発表した。
メンバー12人が韓国の伝統音楽「サムルノリ」を演奏。日本の鼓のような「チャング」や、「ケンガリ」という鐘を軽快なリズムでたたいた。同保存会の蛯原俊美会長と教室の子どもたち13人は同町に伝わる雨太鼓をたたき、同団のメンバーにも手ほどきするなど、楽しく交流した。

町内の小学6年―中学3年の“子ども議員”15人が登壇。町執行部に対し、街灯の少なさや小児科医の不在、戦闘機の騒音など、子どもたちの目線で見た素朴な疑問をぶつけた。
子ども議会は4回目。これまでは毎年1月に開いていたが、中学3年生も参加できるよう初めて夏休みに開催。傍聴席には保護者や教師、町議ら約30人が詰めかけた。

学生たちはフィールド調査をもとに、高千穂型の町づくり構想などを発表した。
日本女子大家政学部3年の金子奈津さん(21)は、町中心部の街並みについて研究。人が歩きやすくする方策を考えた。金子さんは「町に統一感を持たせれば良い。空き店舗を含めてすべての店にのれんを設置すれば、町の雰囲気が良くなる」と強調した。

同センターは、青島への観光客誘致を図ろうと青島地区のホテルや旅館でつくる青島観光六社会(冨森信作会長)などが青島パームビーチホテル内に開設した。
スクールではサーフィンとボディーボードをインストラクターが指導する。同センターによると、受講者数は6月は170人だったが7月以降徐々に増加。8月は夏休みということもあり、29日までに約560人が受講するなど大人気となった。

始めに「町の目指す子どもの姿」として「郷土の豊かな自然や歴史に感謝し、自分に自信と誇りを持つ子ども」など3項目を掲げた。
具体的な対応として、幼稚園と保育所を一元化した認定こども園を設け、小・中一貫教育と連携。小学校高学年から部分的に教科担任制を導入したり、小、中学校の教員が相互乗り入れして効果的な授業を行ったりすることなどを盛り込んだ。現在の北郷小の場所に全施設を置く。

今年で3回目。保護者や地区住民ら約70人も参加。正応寺自治公民館に集まった子供たちは、初めに小学4年生以下が近くの畑で芋掘り、小学5、6年生と中学生は公民館で竹を使った皿と水鉄砲作りに取り組んだ。

同合唱団を指導する県合唱連盟の中村禎子副理事長の紹介で湯山さんの来町が実現。演奏会では「あめふりくまのこ」や「おはなしゆびさん」など、今なお愛される湯山さんの名曲7曲を歌い、湯山さんが指揮することになっている。

同センターは、旧夜間急病センターを改修。市全体を活動範囲とする特定非営利活動法人(NPO法人)などの市民団体の拠点として、2008年4月オープンを目指している。同会議では6月19日から5回の会合を開き、センターの運営方法や施設内容のほか、市民協働の指針づくりに向けた提言も策定した。
内閣府が今春、小学生を対象に募集していた作文と絵のコンテスト「イノベーションでかなえる2025年の夢」の絵の部に、宮崎市立西池小1年の堤みなみさん(7つ)が入賞した。応募総数288点の中から、入賞作6点の一つに選ばれた。堤さんは「夜遅くまでかかって描いたのでうれしい」と喜んでいる。
作品のタイトルは「ふしぎなガム」。国旗が描かれたガムをかむと、その国の言葉がしゃべれるようになるという、堤さんの夢を表現した。昨年夏に二カ月間、オーストラリアにホームステイした際、英語が話せず悔しい思いをした。「もしもこんなガムがあれば、いろんな国の友達ができるのに」と思い、一週間かけて描き上げた。

平日の放課後や土曜日に子供たちの遊び場を確保し、地域住民との交流を図る事業。宮田さんは昨年、自宅の庭に鉄棒や砂場などを設け、本年度からは近くの片平自治公民館も利用しながら子供たちの居場所づくりを進めてきた。
【写真】立体造形作家の後藤麻夫さんを招いて行った「放課後子ども教室」の針金細工作り

20日から始まった仕込みでは、契約農家から運ばれてきた原料用サツマイモ「黄金千貫」2・5トンを作業員が選別。蒸して粉砕したイモを、麹(こうじ)で発酵させた酒母(しゅぼ)と混ぜ合わせた。新酒は9月上旬にできるが、一部を除き1年半ほど寝かせて「日向あくがれ」として出荷する。11月からは「ダイチノユメ」を使った「大地の夢」も仕込む。2−3年寝かせて出荷するという。
【写真】日向市東郷町の富乃露酒造店で始まった焼酎の仕込み

黒木さんは、旬の食材や盛りつけによって一つのお膳(ぜん)の中で季節感を表現する、日本料理の奥深さにあこがれ料理人を志した。老舗料亭で腕を磨き「学んできた日本料理を、故郷で多くの人に伝えたい」との思いが膨らんだ。
店舗を探していたところ、静かで落ち着いた飫肥の雰囲気にほれ込んで出店を決意。空き家になっていた、築100年の民家を見つけた。
【写真】Uターンして日本料理店をオープンした黒木さん

大会は18、19日、愛媛県松山市で開催。2人が出場した部門には、各都道府県代表の48人がそれぞれ出場した。
磯田君(157センチ、47キロ)は予選リーグを3戦全勝で突破。決勝トーナメントに入ってからも危なげない闘いぶりを見せ、決勝では得意の袖釣り込み腰で技ありを奪った後、そのまま寝技に持ち込み合わせ技一本で2連覇を果たした。
【写真】全国小学生学年別柔道大会で優勝した磯田君(左)と森君

[ もっと読む... ]

教室名は「生き・活き亭」。麓地区(137戸)の区長黒木正充さん(58)が脚や腰が痛いと訴える住民の話を聞くうち、「中高年が元気でなければ地区も元気にならない」と発案した。
黒木さんが町役場に相談したところ、町の元体育指導委員、斎藤貞子さん(67)と渡辺恵子さん(69)の協力を取り付け。2人とも「地域に恩返ししたい」とボランティアでの指導を快く引き受けてくれた。
【写真】楽しそうに体を動かす麓地区の住民ら

子どもたちのボランティア活動の場を広げようと2004年から夏休みに毎年実施。参加者らは事前に2日間、市立図書館で研修。市民団体「宮崎子どもと本をつなぐネットワーク」(広瀬美由紀代表)から、年齢に応じた絵本の選び方や声がよく通る発音、発声の仕方など、読み聞かせのこつを教わった。
【写真】一生懸命に絵本の読み聞かせをする児童に笑みをこぼす高齢者たち

甘藷は30アールの畑に5月、青年部員が植え付けた。長雨の影響もあったが、例年並みの出来だという。1キロ200円で持ち帰れるとあって、家族連れで畑は大混雑。うねを掘り起こし、鮮やかな赤紫に色づいた芋をビニール袋いっぱいに収穫していた。中には85キロ持ち帰ったグループもいたという。
【写真】東国原知事も参加して盛況だったJA串間市大束青年部のいも堀り大会

表彰を受けたのはアリピンさんと、一緒にその場にいて中学生を助けたスゲン・ハエルマンさん(20)の二人。同日、日向市漁協であった表彰式では浦本署長から、アリピンさんの身元引受人で船主島田松男さん(68)、出漁中のハエルマンさんに代わり身元引受人の船主小出栄さん(70)が受け取った。
【写真】エンダン・アリピンさんへの表彰状を受け取る船主の島田松男さん=28日午前、日向市漁協

パネルディスカッションは、同センターの池本要所長をコーディネーターに、米国や豪州、中国、フィリピン出身の市民や留学生らと同市国際交流協会員など六人が登壇。「国を超えた人と人との繋(つな)がり」とテーマに議論した。
国際交流を活発にする手段として「ほかの国の人がどのような経験や知識を持っているか知るためにも、話しかけることが理解への一歩」「個人レベルの交流は難しい。行政の施策と連動が必要」など意見が出された。
【写真】国際交流について理解を深めたフォーラム

この調理場は、3校のほか東郷中、飫肥、吾田、油津、東郷、吉野方、桜ケ丘小の分を受け持つ。メニューによって最高26人で約3千食を調理する。
市は、授業時間確保のため本年度から夏休みを短縮、この日から二学期が始まった。初の給食実施となった吾田中(黒木康英校長、512人)は、給食時間を1時間(通常40分)に延長して対応。赤飯、けんちん汁、魚のすり身天ぷら、インゲンのゴマあえを皆でおいしそうに食べていた。

市民約500人が参加。日本社会事業大学長の大橋謙策さんと、市内で毎夏行っている、おかげ祭りの振興会会長を務める川本翰治さんが対談。市民総参加型の福祉のまちづくりについて意見を交わした。
大橋さんは、祭り装束の「楽」という文字にふれ、「楽しむことはまちづくりにとって大切。いつの間にか日本人は生活を楽しめなくなった」と指摘。対して川本さんは「祭りには『心豊かなれば楽しみ深し』の信念で取り組んでいるので、難儀なことがあってもやれる。地域づくりも福祉も、その点は同じだと思う」と話した。

バラ太鼓踊り保存会(高砂修一郎会長)の青壮年と北俣小4−6年生合わせて30人が踊った。赤い矢旗を背負い、胸にはバラ(竹ざる)を抱えた踊り手は、バラをばちで打ち鳴らしながら、時折飛び跳ねる独特のリズムで踊った。
約45分の長い踊りを2年連続で踊った同小5年山下悟史君(11)は「去年と比べてうまく踊れたのでうれしい」と話していた。

研修会の冒頭、橋口会長は「医師会や行政が一生懸命この問題に取り組んでいる。病院を一番必要としている住民も動かないといけない」とあいさつした。
橋田市長、富田副会長の順で、市や医師会、市議会が、国や県など各方面に医師確保を働きかけた経過などを説明。要望活動の結果、宮大医学部からは週2回半日、防衛省から8、9月に週2日、県立富養園(新富町)から6月−12月まで月1回准夜間(午後7−9時)、それぞれ内科医が派遣されるようになったと報告した。

市の英会話科アドバイザー谷口由香里さんが指導。「英語を使う場合には分かりやすい簡単な言葉を使い、しゃべりすぎず、ゆっくり、丁寧に」「言葉以外に絵やジェスチャー、顔の表情などでコミュニケーションを取って」などとアドバイスした。
教師たちは「チャンツ」と言われる英語の「言葉遊び」やゲームを体験したほか、授業中に使う「頑張って」「よくできました」などの英語を確認していた。大王谷小の杉幸子教諭は「英語に対する壁や苦手意識を教える側がなくさないといけない。研修を今後の授業に生かしたい」と話していた。

戦後普及した「新ばんば踊り」の原型。最古の資料として、延岡藩14代当主政順の正室、内藤充真院繁子が1863(文久3)年に記した日記に、男性が女装、女性が男装して自由奔放に踊る様子を、挿絵入りで残している。
この日は、日記の記述やイラストを元に、高さ約5メートルのやぐらや衣装などを再現。保存会会員のほか、挿絵に描かれた出北地区の現住民も加わり、約50人で披露した。決まった振り付けがないため、即興を交え、かつての踊りの雰囲気を再現した。

コンピューターグラフィックで制作した。赤い羽根を優しさのあかしととらえ、妖精が1人1人の赤い羽根を大事に抱えている光景を、ピンクや緑などの明るい色を使ってかわいらしく描いた。
是澤さんは「高校1年生の時から応募していた。初めて賞をもらえてうれしい」と喜んでいた。

保育所にいる間、歩数計を各自携帯し、毎日1時間以上の散歩を行い、1日に1万2千歩ほど歩く。仮想の旅は昨年度が日本縦断、本年度は世界一周をコースに設定した。
毎月、お楽しみ会を開き、歩いた距離に応じて各地を訪れたことにして、それぞれの名所や食べ物などを学んでいる。

子どもたちは、メンバーに手伝ってもらいながら竹とんぼづくり。完成すると早速飛ばして歓声を上げていた。
竹製筆立て、壁掛けの絵付けにも夢中になって取り組み、夏休みの思い出に1ページを加えた。このほか、佛教大(京都市)学生による創作人形劇もあり、子どもたちは大喜びしていた。

曽根さんは広島県呉市生まれ。宮崎市に転居し旧制宮崎中(現・宮崎大宮高)でラグビーと出会い、宮崎市役所に勤務しながらラグビーを続けてきた。1979(昭和54)年の宮崎国体は県協会の理事長として大会運営に携わり、98年までは県協会長も務めた。県教委の社会体育功労賞や日本体育協会のスポーツ功労賞なども受賞。
参加者は曽根さんの新しい門出を祝いながら、別れを惜しんだ。曽根さんは「ラグビーを味わったことが人生で一番の幸せ」とあいさつ。37年間指導を続け校長も務めている宮崎ラグビースクール関係者や、会長として束ねる38歳以上でつくる未惑クラブのメンバーらが「温かく厳しく包んでくれた」「人の道も示してくれた」などと思い出を語った。

学識経験者や小中高校長ら委員11人で構成している。市内を油津、鵜戸など中学校区ごとの七地域に区分。同一校舎内での授業や別校舎で一部授業だけ連携するなど、地域の実情に合った小中一貫教育の形を模索する。漁業科やマリンスポーツ科など地域の特色を生かした特別科目の設置も検討する。
小村記念館で22日開いた第1回会合では、宮崎大教育文化学部の河原国男教授を委員長に選出。今後のスケジュールなどについて協議した。

岡松の下真幸橋西詰めにあり、高齢者クラブなどが田の神像を作り飾っている通称田の神通り沿いの小公園に置いている。押領司会長が時間を見つけながら、廃材を利用して製作した。高さ30センチ、幅50センチほど。本体を水色に塗り、コンクリートブロックで台を作り、約2カ月かけて完成させた。
中にノートと投稿用紙があり、ノートにはえびのを訪れての感想や短歌・俳句などを自由に書いてもらう。投稿希望者は、詠んだ歌や句を用紙に書き投函できるようになっている。作品は、クラブの会報で紹介する。

立候補予定者は、いずれも前町議の三輪智泰さん(60)、河野文明さん(65)、河野辰徳さん(55)と前町農林水産課長の河野正和さん(48)の4人。各テーマについて1人3分以内で発表。順番はくじで決めた。
「意見を聞く会」は、町内の地域婦人連絡協議会やJA尾鈴、漁協、商工会、自治会連絡協議会でつくる「都農町長選に向けて公開討論会を開く会」(黒木陸廣会長)が主催した。

木材製造業災害防止協会県支部の山ノ上洋征事務局長が講師となり、刈り払い機やチェーンソーの安全な利用法などを講習。
山ノ上事務局長は「チェーンソーの先端部分を使うと反動があって危険」「曲がった木は内側に切れ目を入れた後に外側から倒さないと反発する」「チェーンソーが手から離れた場合を考えられるので同一の木材を2人以上で切ってはいけない」などと呼び掛けた。

市内三地区に分けて開いており、最終回の同日は福島地区の保護者を対象に中央公民館であった。市PTA協議会の鈴木俊輔会長が「一貫教育の準備が進む中、子どもが変化に置いていかれないよう情報交換したい」と呼び掛けた。岩下憲治教育長は「学力や教師の資質向上、学校設備の充実をどう進めるか。子どものために何ができるか考える機会にしたい」とあいさつした。
【写真】串間市教委の担当者から小中高の連携型一貫教育について説明を受ける保護者

30分間の練習試合を中心とした内容で、連日1チーム2−5試合をこなした。部員らは照りつける日差しの下、激しいタックルや素早いボール回しを繰り返しながら、パスやキック、連携プレーなどを確認した。
【写真】山内川緑地広場であった九州学生リーグの合同夏期強化合宿

桜庭さんと杉下さんは一昨年春、東京で屋形船に乗り合わせて親しくなり、交流を始めた。今年3月に杉下さんと弟子の計4人が桜庭さんの案内で名寄市を訪れ、老人ホームで慰問公演を開いた。
交流会は都城市高城老人福祉館であり、杉下さんが指導する踊りサークル「ひまわり会」の会員らが手作りした料理で会食。会員6人が踊りを披露し、桜庭さんへ寄せ書きを贈った。
【写真】親睦を深めた桜庭さん夫妻(後列中央)と「ひまわり会」のメンバー

2時間近くの公演は三部構成。モーツァルト作曲の歌劇「フィガロの結婚」序曲とクラリネット協奏曲イ長調K・622、ベートーヴェン作曲の交響曲第7番イ長調作品92が演奏された。
クラリネット協奏曲では、ウクライナ出身で楽団の主席クラリネット奏者のタラス・デムチシンさんが登場。体全体を使って奏でるクラリネットからは、躍動感や繊細さに満ちた音色が広がった。透明感とぬくもりにあふれる協奏曲の調べに魅了された聴衆からは大きな拍手が送られた。
【写真】クラリネット協奏曲イ長調K・622などが演奏された第17回たかしん九響コンサート

同町観光協会の滞在型観光開発特別委員会が昨年から実施。昨年より三人多い12人の大学、大学院生が参加した。17日に高千穂入りしたインターン生らは、受け入れ先の民家で農作業を手伝うなどして、田舎暮らしを体験。21日夜には岩戸の神楽の館で地元住民との交流会があった。
明治大情報コミュニケーション学部3年の山本香さん(20)は「高千穂は人と自然が素晴らしい。何を提言すべきかこれからじっくりと見つけたい」と話していた。
【写真】交流会で地域住民らと歓談したインターン生

生産しているのは、JA児湯新富支所の洋蘭(ようらん)部会(長友繁美会長、12人)。30度以上の気温下では花芽が死んでしまうため、出荷時期の調整をかねて西都やえびの市、大分県の九重などの高地にトラックで鉢を運ぶ。高地に置く期間は6月下旬―10月中旬。

市は同団地の建て替え(7月15日完成)を機に、一棟の一階部分に約107平方メートルの専用の一室を確保。乳幼児用のおもちゃや絵本を取りそろえ、育児の悩みや不安を聞く相談室も設けた。

太田さんは2004年に赴任。図書室運営改善の必要性を感じたが、高額な図書専用ソフトを導入する予算はなかったため、表計算ソフトのエクセルを利用したシステムを05年に構築した。
借りる生徒の名前をコンピューター画面上で選択し、本のバーコードを読み取るだけ。生徒自身で手続きもでき、貸し出し中の本や統計データも簡単に把握できるようになった。

昨年発足した宮崎LD・発達障害親の会フレンド小林にしもろ地区と仲間たちの会(小川るみ子会長)が主催。宮崎市総合発達支援センターおおぞらの臨床心理士鮫島奈緒美さんが、発達障害がある児童の特徴や対応策について講演した。

パネルディスカッションでは、同北部ブロック世話人の村田宮子さん、同南部ブロック道守の谷越衣久子さん、情報誌「みちくさ」主宰の福永栄子さん、道守吸収会議副代表の森将彦さんが登壇。「道守で育てるこころ豊かな地域づくり」をテーマに語り合った。

宮崎市永楽町で永楽町法律事務所を共同経営する真早流踏雄、松田幸子弁護士が、弁護士過疎・偏在の解消と若手弁護士の受け皿の創出を目的に開いた。宮崎市にある事務所の“支店”という形で20日から運営している。

47年に米軍、40年代に国土地理院が、地図作製などを目的に撮影した。地区ごとに両方の写真を並べ、旧四町や三股町の写真も含む計62枚を展示している。いずれも白黒で、ほとんどの大きさは70センチ四方。市史編さんのために国土地理院から市が購入し、所有している。

市が健康作り推進のため委嘱している元気づくり推進員が、介護予防などを目的に考案した。九州保健福祉大保健科学部の樋口博之講師の監修を受け、柔軟運動のほか、転倒予防や認知症予防に効果があるとされる動きも取り入れている。

タニワタリノキは、アカネ科で九州南部や東南アジアに植生し、8月半ばごろ開花。小さい白い花が約1センチほどの球状に集まっていて、長い花柱が突出する姿から「人工衛星の木」と呼ばれることもある。見ごろは今月下旬ごろまで。
葉の形が葉たばこに似ているイワタバコは、イワタバコ科で本州以南や南西諸島に植生。紫色の花は、長さ一センチの筒状で先が星形に開きかわいらしい。湿った岩場や清水近くにたくさん生えていて、9月いっぱいまで楽しめる。

四季彩のむらのメンバーのほか、町内外から親子連れなど約50人が参加。竹や衣類などの材料を持ち寄った。
初めて製作する参加者も多く、作業が難航する姿も。ひと味違ったものを目指そうと、ひょっとこ風や長髪、動きのあるポーズのかかしなど個性あふれる作品を次々に作り出していった。子どもたちは、自慢のかかしと一緒に記念撮影をして夏休みの思い出にしていた。

吉田瑛彦副会長(64)が発案。多発する子どもが犠牲になる事件を「住民が互いを知らないことも一因」と分析。子どもが持参するカードをヒントに、今年から大人用を作り参加を呼び掛けた。子ども同様、参加したらはんこを押す。6割以上参加すると、景品がもらえる特典付きだ。

同市内では、少子化などの影響で、国の基準で適正とされる規模(12−18学級)に満たない学校が増加。市教委によると、小中学校50校のうち、12校が小規模校(6−11学級)、19校(1−5学級)が過小規模校となっている。
合併した旧3町を含む現在の小中学校の児童、生徒数は1万2140人。7年後の2014年度には、1233人減少することが予測され、今後の教育活動への影響が懸念されている。

同市の胃がん検診の昨年の受診率は8%。このため検診のPRも兼ねて、市の保健師2人が講師を務めた。児童たちは、五グループに分かれて調べた肥満や熱中症などの原因と予防について研究発表。「熱中症は午前10時から午後2時の間が多い」「手洗いをしっかりすれば、風邪は予防できる」などと調査の成果を説明した。

ブラックバスとブルーギルの2部門で釣果を競い、リリースしないというルール。参加者は思い思いのポイントを見つけて釣り糸を垂らし、当たりがある度に歓声を上げていた。

市内の小中学校46校120チームが打ち上げの部に出場し、自慢のロケットを空高く飛ばした。
どのチームも飛距離が伸びるようロケットの羽や重りなどを工夫しており、決勝に進んだ学園木花台小6年の酒井希実さん(12)は「何度も練習する中で水量を調整してきた。しっかり飛んでよかった」と喜んでいた。

決まった材料を使い、3年生はかざぐるまカー、4年生はプロペラカー、5・6年生はモーターの付いたクランク歩行マシンを作った。
子どもたちは、指導員から説明を聞きながらそれぞれに工夫を凝らして製作。山之口小4年の向原涼馬君(9つ)は「去年に続いて参加した。プロペラの長さを測るのが難しい」と真剣に取り組んでいた。

カボチャの重さを競うコンテストやマジックショーなどあり、多くの地区民らでにぎわった。
今年は、梅雨の長雨などの影響でかつてないほど生育が悪く、出品数もわずか十数点。山下良徳さん(86)が41・1キロで優勝した。

22回目の今年は町内外から約2万5千人(主催者発表)が訪れ、トラクター引きや牛乳早飲み大会など多彩な催しで盛り上がった。
メーンの花火大会前には人出が最高潮となった。

団塊世代の大量退職に合わせ3月の旗揚げ公演で好評を得た劇団の第2弾。来年3月の公演に向け、豊富な人生経験を生かした趣のある芝居作りを目指す。
第2期生には延岡、日向市などの50歳以上の男女10人が名乗りを上げた。8人は昨年から引き続きの参加となる。式では「(前回は)作る課程の楽しさを味わい、人生の扉を開くような新しい体験をした」「違う自分を演じ、発見したい」などと抱負を披歴した。
問い合わせ、申し込みは同センターTEL0982(22)1855、電子メールjagajaga@ma.wainet.ne.jp

国際グランプリ賞などに続く6番目の賞で、5人の受賞者の1人。竹脇さんは「初めて描いた油絵が評価されてうれしい」と喜んでいる。
タイトルは「未完成」。50号のキャンバスに、これから成長し完成に近づきたいという思いを込めて、自分の顔を描いた。「目は内面の鏡」と、目を大きく強調した作品に仕上げた。

参加者はグループに分かれ、地区に流れる庄手川や水田に入り、網などを使って水生生物を捕獲。
地元の人が投網で捕った魚の中には、県レッドデータブックで細かな生息調査が必要とされるカワアナゴもいて、子どもたちは地元に貴重な生物が生息していることをあらためて実感していた。

宮崎化石研友会(岡山清英会長、15人)主催。アンモナイトや三葉虫、クジラの骨など、会員らが所有している300点を展示している。
日南市産で東京大が所蔵し、実物は世界に一つしかないというオビノーチラス(オビオウムガイ)は、レプリカ(複製品)を展示している。9月8日まで、午前9時−午後5時。入場無料。

初日は県内産の原料用サツマイモ「黄金千貫」20トンを搬入。ベルトコンベヤーを流れるイモを作業員6、7人が交代で手際よく選別していた。イモは洗浄後に蒸し、麹(こうじ)を発酵させた酒母(しゅぼ)と混ぜ合わせた。
年内いっぱい、毎日20トンのイモを仕込む。天候に恵まれた今年は原料イモが豊作で、同社の宮野恵生産本部長は「最高の原料にわが社が積み上げた技術を投入し、最高の焼酎を作り上げたい」と話していた。

午前中は飫肥5丁目にある寿太郎生家前で顕彰祭。神事の後、寿太郎も練習に通ったという振徳館道場の少年剣士16人が剣道の形を奉納し、寿太郎の偉業をたたえた。
午後7時からは観光駐車場で盆踊り大会。浴衣姿で参加した市民らは郷土の歌「飫肥ロマン」や「日南音頭」に合わせて踊った。会場には多くの露店が並び、訪れた多くの家族連れが夏の一夜を楽しんでいた。

訪れたのは上海市の中学生、シュウ・ファンチーさん(13)とイー・イーウェンさん(12)。松下さんは中国での体験を話し「親切な中国人がいなかったら今の自分はなかった。日本と中国はもっと仲良くならないといけない」と話した。中学生2人は松下さんの昔の写真を見ながら、興味深そうに聴き入った。
松下さんは、生まれて間もなく両親に連れられ中国・大連に渡った。父は兵役に就くため帰国。45(昭和20)年4月に母が病死し、兄、妹と3人で終戦を迎えた。食べる物がなく、餓死寸前に陥ったところを親切な中国人一家に助けられた。その一家とは95年に再会し、手紙のやりとりを続けたが、4、5年前から返事が来なくなったという。

大漁旗は先月、同漁協女性部が下浜地区の各家庭に寄付を呼び掛け。大小合わせ約50枚が集まった。中には、大切に保管していた大漁旗を十枚提供した家庭もあったという。
集まった大漁旗の大半は、昭和30年−40年代に作られたもの。当時、都農漁港は漁が盛んで、新造船の進水も相次いでおり、大漁旗もそれに合わせ作られたという。

午前10時のオープン前には100人を超える行列。用意された無料一般席63席はすぐに埋まり、立ち見客もあふれるほど。来場者は出走表と予想紙(300円)を見ながら、的中を狙って投票券に書き込んでいた。

子どもたちは、ひじやひざに防具を付けてヘルメットをかぶると、リンクへ。初めての子は恐る恐る壁づたいに、慣れた子はリンクの上を軽快に滑っていた。
三松小5年の濱崎翔大君(10)は「初めてやったが、バランスを取ってうまく滑れた」と楽しそうだった。

「ベスト4を目指す」と臨んだ大会で予想を上回る好成績を収め、「3年生は最後の大きな大会で最高の結果が出せた」と喜んでいる。
中学生の部には九州、西日本を中心に330チームが出場し、予選トーナメントを突破した8チームで決勝トーナメントを行った。高岡中のメンバーは先鋒(せんぽう)が3年二見優志君、次鋒は2年神宮巧君、中堅は2年竹ノ内佑也君、副将は3年前田博昭君、大将は3年南園宗史君。

京都府警伏見署剣道教師の児玉義明さん(52)が、同村の小中学生約20人に競技を続けることの大切さなどを伝えた。
児玉さんはまず、自らが剣道を始めたきっかけや特練生時代の思い出を子供たちに語り、「強い弱いは関係ない。剣道を続けることが自信につながる。しんどくても頑張る気持ちを養ってください」と呼びかけた。

地区の高齢者を中心に歴史的背景や生活に根ざした名前の案を出し合い、津の嶺団地集会所で10日に会議を開いて21カ所の通り名を決定。今後は看板を設置し、地域発信などに通り名を生かしていく。
日南海岸地域シーニックバイウェイ推進協議会(和田晧会長)が、国土交通省の委託で行っている「『通り名』を通じた地域情報提供の高度化実験」の一環。5月から取り組んできた。
「上町通」「海岸通」「マグロ通り」などは従来の呼び名を尊重。国道220号を挟んで南北に続く「仲町通」のうち、赤レンガ館に面している南側を「赤レンガ通り」に。NHK連続ドラマ「わかば」の撮影が行われたことを伝え残そうと「下町通」の南側半分を「わかば通り」に決定した。

19日までの3日間、子どもたちが団体活動を通して「生きる力」を養う。
初日はボーイ、ベンチャースカウトの団員16人が参加した。開会式で、国旗掲揚の後、同協議会の尾方一之会長、延岡1団隊長の星知雄さん(44)=同士富美山町=が「100年前のキャンプを体験して技能を研さんして。自分たちのことは自分たちでやる、ということの大切さを確認してほしい」とあいさつ。その後、テントや炊事場の設営に取りかかっていた。

飯干辰己町長が「おめでとう」と1人1人に声を掛けながら成人証書を授与。続いて「皆さんの古里である五ケ瀬町のパートナーとして、(今後も)熱い意見や温かい支援を寄せてほしい。1度や2度の失敗を恐れず、物事に積極果敢な姿勢で取り組んでください」と式辞を述べた。
新成人を代表し、桑野内の町職員小方友見さん(20)が「大きな壁に直面することもあるだろうが、緑が豊かで温かい人が集う五ケ瀬で育ったという誇りを胸に、困難に立ち向かっていきたい」と謝辞を述べた。

同施設内に先月、国内外のカブトムシなどを展示する「ムシランド」がオープンしたことを記念して初開催。
子どもたちは「コーカサスオオカブト」、クワガタの「スマトラヒラタ」などの外国産を会場で購入し、試合に臨んだ。

県内産の超早場米が相次ぐ台風などの影響で大打撃を受ける中、日南農林高と提携してフェアを企画。会場では、森林科学科2年の小玉直樹君(16)ら同校生徒3人が中心になり、学校田産の「スクール米」と「アイガモ米」を販売した。
昼食時には学校田で取れた新米のおにぎりを来場者に配ったほか、高菜や割干大根など12種類の漬け物も試食してもらい、おにぎりに一番合う漬け物を選ぶアンケート調査も行った。

若杉さんは2005年3月に県美術展で大賞を受賞、同9月には宮日美展で3度目の特選を受賞し無鑑査入り。
一貫して山の神や水神をモチーフにした抽象的な彫刻を制作。近年は作品を小型化し数組の神々を配し夫婦や親子の愛情を表現し続けている。

同公民館で行われた記念講演には約800人が参加。西川さんは演台に上がるなり、両脇の豪華な生け花を見て「何やら、葬儀場の祭壇でしゃべってるみたいですな」と笑いで会場をなごませた。
講演では両親と妻ヘレンさんの母親という高齢者3人との生活をユーモラスに振り返り、高齢者には適度な運動や生きる目的、家族にはリフレッシュが大切だというメッセージを織り込んだ。

板バネは、カーボンとガラス繊維を配合して製造したものを2枚張り合わせてある。着地したときの衝撃を緩和するだけでなく、適度な反発力で足を押し上げ、ひざや腰を痛めた人や脚力が弱った高齢者などでも楽に歩くことができる。
約3年かけて製品化に成功。その履き心地から命名した「無重力シューズ」というキャッチフレーズで今年6月から販売も始めた。

瀬山さんは同中が授業でサーフィンに取り組んでいることをテレビ番組で知り、古里の良さを再発見するという同中の趣旨に賛同。
父親が同中の4期生で実家が校区内にある上、自身もサーフィンが趣味なこともあり、7月14日にロングボード4台、ファンボード4台を贈った。

以前から減農薬栽培に取り組んでいた平原さんに、田野総合支所の職員がハーブを使った虫よけ対策を助言。4月上旬、ミルキークイーンという品種のコメを田植えした直後、あぜにミントを植栽、無農薬で有機肥料を使って育ててきた。
今年は台風や長雨が多く、ハーブの効果とは断定できないが、虫による被害はなく、農薬散布や追肥などの手間もかからず、管理が楽だったという。

本年度は全国から81件の推薦があり、10件が受賞。岩村さんはやぶに覆われていた湿原の保全に1982(昭和57)年から取り組み、98年の一般公開にこぎつけた努力が評価された。
5ヘクタールの湿原は少しでも保全の手を休めれば、再びやぶのような姿に戻ってしまうため、岩村さんは現在も連日、保全活動に汗を流す。

うらめし屋は、墓場の中の細い道をたどっていくという設定。懐中電灯の薄暗い灯りを頼りに進むと、古井戸から手が伸びてきたり、怪しい目がこちらをにらんでいたり…。屋敷の中からは、来場者の悲鳴が後を絶たない。
商店街の女性店主らが集う「おかみさん会」(西澤清子会長、37人)が「昔懐かしいお化け屋敷を、今の子供に味わわせたい」と企画。

櫻さんは近年、重症筋無力症やパーキンソン病などを患い、創作活動にも支障を来しているが、地道に活動を継続。13年ぶりとなる個展を、初めて古里の都城で開いた。
作品は女性や母子の人物画が中心。100号の最新作「犬も食わぬ」は、けんかする夫婦を頭上からの視点で描いている特徴的な作品。ほかに霧島や桜島、パリなどの風景画も並ぶ。

初日は、凍ったリンゴやバナナ、キウイ、オレンジを、オランウータンとチンパンジー計11頭に与えた。この日の気温は午後2時現在、平年並みの29.5度。
13歳の雄のオランウータン・ハッピーは、飼育係からバナナを受け取ると、たくさんの人に見守られて恥ずかしいのか、隅に隠れて食べた。

雨の降るあいにくの天気にもかかわらず、村内外から訪れた約7500人(主催者発表)が、約4200発の花火を楽しんだ。
台風5号の影響で、1週間延期して開催。中央ステージ周辺ではニジマスのつかみ捕り大会やビンゴゲーム、コンサートなどのイベントがあった。

88(同63)年2月20日、創立80周年を記念して、玄関前の花壇に、アルミ製カプセルを埋めた。開封を予定していた創立100周年を迎え、卒業生が集まりやすいお盆に掘り起こしを企画した。
この日は、約1メートルの深さに埋まったカプセルをショベルカーで掘り出した後、当時の校長だった上園博昭さん(76)らが開封。クラス別に包装した作文や写真、名簿、名札などを次々に取り出した。

赤面法印は、近くの願成就寺(川崎光俊住職)の第5世住職で1627(寛永四)年に没した祐遍の俗称。美男子で女性に声を掛けられるため顔に熱湯を掛けて、仏道修業に打ち込み、人々は尊敬の念を込めて赤面法印と呼んだという。
この日は、川崎住職が経を上げた後、住民の代表数人が次々と灯ろうを川に流した。灯ろうには「先祖供養」「家内安全」などといった願い事を記し、浴衣姿の親子連れらは灯ろうがゆっくりと流れていく様子をじっと眺めていた。

企業や各種団体など30組約2400人の市民による踊り連が、正調安久節に合わせ踊った。
踊り連は、そろいの法被などを着て、アップテンポの曲サンバヤッサヤッサに合わせた軽快な踊りも披露した。市内の六つの保育・幼稚園の園児らがダンスを繰り広げる「踊ろ〜?チルド連」もあり、かわいらしい動きに観客から拍手が送られていた。

いずれも初出場。9、10日に北九州市であった九州大会で、いずれも第5代表決定トーナメント計二試合をしぶとく勝ち抜き、代表の座を射止めた。

日向学院はセッター木下雄太、アタッカー松本大志、松山徹、リベロ手束光司選手を核とする攻撃力の高いチーム。宮崎日大はレギュラーの平均身長が165センチを超える大型チームで大保早耶加、東愛理の二枚エースがチームを引っ張る。

澤田秋男さん(90)方の敷地内にあり、50平方メートルほどの平屋。今は物置として利用しているが、ほぼ当時の外観を保っていて、まきの投入口や排水管などを見ることができる。瓦や土台はコンクリート製。頑丈そうだが、石がたくさん混じっている。
1940(昭和15)年、熊谷陸軍飛行学校新田原分教所、大刀洗陸軍航空廠(しょう)分廠が設置。翌年、日本最初の落下傘部隊が移駐した。戦局が悪化する中、ここから多くの特攻機が南進。新田原基地航空参考館の資料には、ここから直接、あるいは経由して進んだのは計八個隊の計70機・81人とある。

児童らはまず、同市方財町で空きビンや空き缶などを収集。袋の中に分類の異なるごみが入っていないかを確認しながら、収集車に運び入れた。
その後、民間の中間処理施設や市の清掃工場を見学。集めた資源ごみがどのようにリサイクルされるのかを学び、分別作業も行った。

子ども会同士の親ぼくを図る目的で毎年実施。4地区の予選を勝ち抜いた12チームが出場した。
安全性を考え柔らかいボールを使用。子供たちは、思い切りバットを振り、懸命にボールを追いかけるなど、暑さに負けないプレーを展開。スタンドから見守る保護者からも、歓声があがっていた。

男子は松川クラブ(渡真利裕樹監督、7人)、女子は大名JSC(仲元知枝監督、9人)が来県。
県南2市2町からスポーツ少年団の男女合わせて14チームが参加した。リーグ戦で一セットマッチの交流試合を実施。子供たちは声を掛け合いながら元気なプレーを繰り広げた。
元事務局長の男性による不正流用で使途不明金が発生した東諸県地区防犯協会(会長・中島勝美雲海酒造社長、42事業所)と事業所責任者等追放協議会(会長・前田穰綾町長、78事業所)の合同総会が9日、国富町農村環境改善センターであった。
使途不明金が防犯協会48万8240円、暴追協15万6653円とする2006年度会計報告を、それぞれ承認した。
経過報告で中島会長は不明金が返済されていないことを明らかにし、「元事務局長が7月末までに返すと約束した念書も入れてもらったが、金はまだ返っていない。所在を突き止め支払いを求めていく」と述べ、高岡署と連携し法に基づき厳正に対処する方針を強調、理解を求めた。

町は興梠正明副町長が行財政改革や安全・安心の確保、子育て支援の充実など重点施策を紹介。経済活性化策として企業誘致などにも力を入れているとした。
商議所は異業種の若手による地域再生プロジェクト委員会や学園都市推進協議会などの活動推進により、多角的に活性化策を模索している状況などを報告した。

今回確認されたのは、5月23日に出産したもので、通常より10日ほど遅いふ化。1週間前から確認され、今回は4カ所目となる。
大野会長らが砂から約5センチの子ガメを掘り出し、カラスなどに食べられないよう、見守りながら海に放した。

集まった24人は、題「手紙(てがん)」に沿った句を作成。「今読めば寒気がすそなラブレター」「馬鹿亭主(とのじょ)女(おなご)ん手紙むまだ焼かじ」など、恋文に関する句が目立った。
この後、事前に公表されていたもう一つの題「金(ぜん)」で作った句とともに、参加者間で優秀作を互選。思わず笑いを誘ったり、時世を風刺して参加者をうならせたりする作品もあった。

実験は、森林総合研究所環境計画研究室の香川隆英室長や千葉大環境健康フィールド科学センターの宮崎良文教授ら実験スタッフが、宮崎大の男子学生12人を被験者に実施した。
うち猪八重渓谷では初日、雨の中、カシやタブなどが生い茂る学習の森で「座観」実験を実施。スタッフの朴範鎮・千葉大准教授らが、被験者6人に清流や周囲の緑を座って眺めてもらいながら、ストレスホルモンのコルチゾール、アミラーゼ、血圧など生理的な項目を計測した。心理面を見るアンケート調査も行った。この後、被験者の腰に加速度計を着け、山中の平坦部を歩きながら心拍のゆらぎを計る「歩行」実験も行った。

男性二人が同市広原の山道を乗用車で走行中、落石事故に遭い谷底に転落したと想定。現場近くの上空に到着したヘリから隊員が現場の山中に下り、負傷者に見立てたダミー人形を担架でつり上げてヘリに収容。同公園広場で待機していた救急車で病院に搬送した。

滞納税の回収と徴収率アップを狙う町は、7月までに町税などの滞納者4人が所有する物品を差し押さえた。絵画(見積額3千円)やアンティーク電話(同1500円)、野球用スパイク13点(同各千円)など計25点をインターネットの「ヤフーオークション」に出品する。

参加した企業の来春採用予定は約400人。会社側は仕事内容や将来性、待遇などをPRして優秀な人材確保を狙っていた。
説明会に初めて参加した門川町門川尾末の白木涼子さん(20)は「製造業を志望しており、今年中に何とか就職を決めたい」と話していた。

妻保育所父母の会の本部智也副会長と穂北保育所父母の会の中西克守会長が市役所を訪れ、橋田和実市長に申し入れ書を手渡した。
申し入れ書によると、引受先の法人選びに一番大切な基本指針が未完成なのに、市は法人への説明会や公募を実施。来年4月1日の移管予定日から逆算された現在のスケジュールでは選考する十分な時間もなく、このような進め方は納得できないとして、(1)6月定例議会で改正された条例を改正前に戻す(2)すべての保護者・保育士と十分協議し、理解を得て基本指針を完成させた上で移管予定日を決定して再度条例改正を行う、の2点を申し入れた。
地域社会の課題や活性化策を考える「地域コミュニティ再生シンポジウム」(宮崎市主催)は4日、宮崎市民プラザであった。市民ら約400人が参加。講演とパネルディスカッションがあり、市が地域活動の資金確保のために導入を検討している「地域コミュニティ税」(仮称)などについて意見を交換した。
法政大の名和田是彦教授が「地域コミュニティの再生を考える」と題して講演。今後、自治体の財政が厳しくなる中、公共的な活動を進めるには「意思決定の段階から住民が参加して協働を進めることが大事」と指摘。一番難しいのは資金集めで「民主的に使って公開し、透明性を確保すべきだ」とくぎを刺した。

えびの市と鹿児島県大口市、菱刈、湧水町、熊本県人吉市の5市町でつくる「九州南部『川と森』の県際交流推進会議」が受け入れた。1日からの20日間、5市町を巡る。
五人は7日、意見交換のほか、えびの高原など市内を散策。8日はえびの市西長江浦の農業稲泉元司さん(58)宅で、竹炭作りや竹林散策をした。

音楽で地元を盛り上げようと今春発足した「日南ストリートミュージックの会chiming(チャイミング)」が企画した初のイベント。県南のほか、宮崎市などで活動するグループ8組が出演した。

地元の地域づくりグループ・夕日の里づくり推進会議のメンバーは「農村民泊を展開する際、県の関係部署によって温度差がある。県の指針を定めてほしい」と要望。知事は「統一見解については勉強したい」とした上で、「道州制が導入されて県という枠が取り払われれば、(桑野内は)有利な土地になる。地域づくりのモデルになってほしい」と激励した。

覚尊は当時の都城地方で最高位の「権大僧都」に就き、1694年に亡くなるまでに神柱宮の縁起を書き記すなどの業績を残した。
都城島津家の重臣だった土持家の出身で、掛け軸と墓は同市在住の同家の子孫が保有していたが、高齢になり管理が難しくなることから今年4月、ゆかりのある同寺に寄贈した。

覚尊は当時の都城地方で最高位の「権大僧都」に就き、1694年に亡くなるまでに神柱宮の縁起を書き記すなどの業績を残した。
都城島津家の重臣だった土持家の出身で、掛け軸と墓は同市在住の同家の子孫が保有していたが、高齢になり管理が難しくなることから今年4月、ゆかりのある同寺に寄贈した。

サギソウは日当たりの良い湿地に自生するラン科の多年草で、環境省レッドデータブックの準絶滅危ぐ種。高さ20−30センチほどで、約3センチの小さな花をつける。対になっている花びらの縁が細かく裂けており、これがサギの翼のように見え、その姿からは躍動感すら感じられる。
美しいために盗掘の憂き目に遭い、10数年前に4つあった群落は1つだけになってしまったが、ようやく10年掛かりで2つ目の群落が形成されている。

下阿蘇ビーチでは8日、延岡市建設業協会北浦分会(甲斐武一郎代表、8社)が流木の撤去作業を行った。13人の会員と重機六台を投入。ほぼ1日がかりで流木をブルドーザーに乗せて運んだり、波で打ち上げられた大粒の石をショベルカーで砂浜に掘った穴に埋めたりしていた。
このほか4、5日には北浦少年野球チームのメンバーやパチンコ店の従業員が撤去作業に参加した。

グループは1974(昭和49)年、市内の主婦を中心に10人で結成。現在は31人に増え、県のコーラス大会への出場や、市内の病院でボランティアコンサートを開いてきた。
5月にコンサートを主催する日南市から依頼があり「テンポの速い歌謡曲に挑戦し、活動の幅を広げたい」と引き受けた。

町商工会青年部でつくるまつり実行委員会(森田英繁委員長、12人)が主催。ステージは町内の偏照幼稚園や並木保育園などの園児による踊りやバンド演奏で幕開け。後川内中の東雲(しののめ)太鼓や小林市のダンスグループ・YOSAKOI小林翔舞会などが出演し、会場を盛り上げた。
【写真】園児らのステージや花火大会で盛り上がったまつり高原

収穫を終え、再び水を張った水田が会場。クレーンから飛び降りてパフォーマンスを競うターザンや、男女がビーチボールを体で挟んでゴールを目指すボーイ・ミーツ・ガールなど、アイデアを凝らした7競技を行った。
最後のリレーは最も盛り上がった。参加者は、歩くのも一苦労の状態とあって、顔面から転んだり、泥しぶきを浴びて視界を失うなどして、珍プレーを続出。会場は笑いと声援に包まれた。
【写真】泥をはねながら疾走するリレーの参加者

祭りのハイライトは、巡幸を終え神社へ帰ろうとするみこしと、帰らせまいとするヨイマカのもみ合い。
ヨイマカの振る舞いは、少しでも長く六日町にとどまってほしいという住民の願いの表れで、稚児が打ち鳴らす太鼓に合わせて双方の担ぎ手は激しくせめぎ合った。勇壮なもみ合いに沿道からは盛んに拍手が送られていた。
【写真】みこしとヨイマカが激しくもみ合った本庄稲荷神社夏祭りのハイライト

豊かな自然に触れることが科学教育の第一歩と、児湯郡内の小中学校と高校の理科教師らでつくる科学夢ロマン事業児湯地区実行委員会が主催した。
【写真】滝さん(右)の説明に耳をかたむける子供たち

日之影町商工会などの協力を受けて、えりすぐりの15点を展示。未精製の海の塩からにがりと塩を分離する「塩かご」、涼しいところに置いてご飯を保存する「飯かご」など、現在では使われなくなった竹細工を並べた。
また15歳で弟子入りした当時のエピソードや竹細工製作へのこだわりなど、廣島さんの人間的な魅力を紹介するプレートも展示している。
【写真】高千穂町観光協会が開いている廣島さんの竹細工展

全長約250メートルの通りには、市内の園児や一般市民16組が作った七夕飾りを陳列。今年はアーケードが撤去されたことから、飾り付けは鉄骨の足場を組んで設置した。
【写真】多くの家族連れなどが詰め掛けている七夕まつり

都井岬観光ホテルで4日開会行事があり、参加者を代表して、福島高インターアクトクラブ副部長の鈴木真子さん(17)が「2日間悔いのないように、命の尊さについて話しましょう」とあいさつ。午後から三班に分かれて、屋外での自然観察に移った。
【写真】自然への理解を深めようと、都井岬の野生馬などを観察する高校生

最初にアジアゾウ二頭を見学。フラフープを鼻で回したり、飼育係を鼻で持ち上げたりする姿に大きな歓声が上がった。
【写真】夜の動物を観察した「ナイトZOOウオッチャー」=4日午後、宮崎市の市フェニックス自然動物園

同校では、広島市の平和記念公園にある「平和の鐘」と同じ作者が制作した同型の鐘を所有。1998年から、広島に原爆が投下された日時に合わせて鐘を突き、原爆犠牲者に黙とうをささげている。
【写真】原爆投下時刻に合わせて鐘を突き、平和への誓いを新たにした生徒たち

交通事故が多くなる夏休み期間に毎年実施しており、今年で23回目。初めに、町内の幼稚園、保育園児がダンス、地元女性部は手踊りを披露。甲斐隆弘支部長は「歌と踊りを通じて町民が心を1つにし、交通安全を誓う夕べになることを願っています」とあいさつした。
【写真】県警音楽隊を招いて実施した交通安全音楽舞踊祭

地元の地域おこしグループ・細田プロジェクト会議(河野憲二代表、43人)が企画し、今年で11回目。同グループが材料や工具、設計図などを準備した。
親子らは図面を参考にして作品を決定後、製作に取り掛かった。木工が初めての子どもも多く、父母らに手伝ってもらいながら懸命にのこぎりをひいたり、くぎを打ったりしていた。
【写真】飫肥杉を使った木工品作りに取り組む親子ら

グンバイヒルガオは、県版レッドデータブックの絶滅危ぐII類に登録されているヒルガオ科の多年草。葉の形が相撲の行事が持つ軍配と似ていることが名前の由来で、薄紫色をした直径五センチほどの花をつける。
【写真】海岸線に彩りを添えるグンバイヒルガオ

交流戦は、毎回のように決勝で涙をのんできた大会。決勝戦で“宿敵”宮崎産業経営大との接戦を制し、初優勝を果たした。次の大きな大会となる9月の同リーグ戦は、同大学が一つ上の2部リーグに所属しており、九保大の隈本主将(21)=社会福祉学部3年、小林高出身=は「実力を出せれば、三部一位を狙える」と自信をのぞかせる。
【写真】県学生バスケットボール交流戦で初優勝し勢いに乗る九保大女子バスケットボール部

駅を訪れる観光客に同市のことをもっと知ってもらいたいと、同会が駅の事務所跡に計画。人吉駅の杉和憲駅長の了解を得て、約1カ月半掛け準備した。
牛越祭や田の神さあなどの様子を撮影した写真のほか絵画や民芸品、SLの模型など市内外から募集した作品60点や観光パンフレットを展示している。
【写真】一般から集めた作品や国鉄時代の標識などを展示している真幸駅のギャラリー
宮崎市鏡洲の齊藤ミサヲさん(79)は、生まれ育った加江田渓谷を守り続けて20年。ごみ拾いや草刈りをする傍ら、来場者に子どものころの思い出を披露して喜ばれることもある。「まさか故郷を守ることになるとはね」と、毎日愛情を持って作業に励んでいる。
齊藤さんは1928(昭和3)年、入り口から約4キロ先にある家一郷で誕生。曾祖父母の代に木花から移り住んで農業を営み、父・岩城進さん=故人=一家と伯父の2軒で生活していた。
39(同14)年に、宮崎営林署(現・宮崎森林管理所)が事務所を設置して木を調達し始めると、岩城さん一家も炭焼きを開始。「今の遊歩道は木を運ぶトロッコが通っていた。作業員のおじさんも優しかったし、みんな長屋に住んでにぎやかだった」と懐かしむ。

激特事業は、昨年の豪雨と同等の雨量の際、川内川の増水や支流への逆流による氾濫をなくし、流域1500戸の浸水被害を解消するため実施。事業規模は九州地方では過去最大の約356億円で、2006年度から5年掛けて行う。
【写真】川内川災害対策の激特事業着工式でくわ入れする関係者

初会合は南郷町の道の駅「なんごう」で7月30日に開催。14人が出席し、日南市・酒谷地区の地域おこしグループ「やっちみろかい酒谷」の日高茂信会長を実行委員長とする組織態勢を決めた。
【写真】「九州はひとつin南那珂2007」のイベントについて話し合う実行委員

河野さんが自分史の執筆に取り掛かったのは2000年ごろ。右腕に痛みが出たことをきっかけに「元気なうちに自分のことを書き残しておきたい」と、自分史講座に通い始めた。
【写真】出版記念会でお礼を述べる河野さんの長男の隆さん(左)

はみんぐは、障害児の療育に用いられる音楽療法に関心を持った、保育士の海老原さん(58)=同町新田=を中心に1997年7月設立。以来、町中央公民館で、毎月2回の活動を続けてきた。
児湯郡や宮崎市などから、毎回平均十数人の親子が参加。海老原さんのほか、保育士やピアノ講師らスタッフ3、4人が手作りの楽器などを使って運営している。
【写真】はみんぐ設立10周年記念のミニコンサート。この後、テーブルを囲み昼食会があった

「ハシ」の語呂合わせから毎年8月4日に各地で行われる同イベントは延岡市が発祥の地。午前6時、市民が集まり、ほうきやごみ袋を片手に清掃作業し、橋の日ごろの労をねぎらった。
「橋の日」は湯浅利彦さん(64)=宮崎市=が提唱し、今回で22回目。国の激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)による架け替え事業が本年度内に着工するため、現存の橋で最後のイベントとなった。
【写真】風船を手にしながら安賀多橋をわたる参加者

西都市三財中3年の阿知羅君は186センチ、80キロの本格派右腕。三財小5年で情熱ボーイズに入り、元プロ野球ヤクルトの投手だった橋口美利監督(44)=本庄高卒=の指導を受け順調に育ってきた。
【写真】中学生日本代表に選ばれメキシコへ遠征する阿知羅君

メーカーによると、このグランドピアノは1934(昭和9)年から37年に製造された。同校講堂に廃品同然で埋もれていたが、約30年前に高鍋町北高鍋のピアノ調律師渡部史朗さん(69)が修理。10年前にも渡部さんが弦や鍵盤を張り替え、以来毎年調律を続けている。
【写真】老グランドピアノと一緒に合唱練習する三財小児童

熊本空港経由で到着した一行は同27日、高千穂峡を見学後、岩戸地区に移動。地域住民が用意したそうめん流しを味わい、地元の窯元「高千穂焼」の工房で陶芸に挑戦した。同28日は延岡市の下阿蘇海水浴場へ。海のない長野県では体験する機会の少ない海水浴を満喫した。
【写真】手びねりの陶芸に挑戦する戸隠小の児童たち

上限である10万円の支援金を受け、コンクリート7立方メートルを購入、下荒河内地区の里道を補修した。住民たちは移動しながら崩れた個所に次々とコンクリートを流し込み、きれいにならした。
【写真】「魅力あるまちづくり実践事業」で里道の舗装工事に当たる住民ら

指導者のマンデル・トラウデさん(54)と、地域のスポーツクラブに所属している八人が7月30日えびの入りした。31日は、飯野中の生徒と卓球で交流。競技経験がない人がほとんどだったが、スマッシュが決まる度に喜んでいた。2年の東脇拓也君(13)は「外国の人と試合をする機会がないから楽しかった」と話していた。
【写真】飯野中生と卓球で交流するドイツの学生

西小林中の鈴木修也校長は、西小林地区で来年3月の設立を目指している総合型スポーツクラブについて講話。
少子高齢化で部活動の維持が困難になっていることを指摘し、年代や種目を越えて地域一体となって体力づくりを図る同クラブ整備により「子どもたちに夢や感動を与えるスポーツ環境をつくりたい」と述べた。

高崎さんは少年時代から4段になるまでの“自分史”を講話。その中で「11年前、この油津港まつり将棋大会に出た。初めての大会で優勝できて自信がついた」とエピソードも披露した。
続く10人指しは、高崎さんが子どものレベルに応じて駒落ちして対戦。

地域の教育力を高め、子どもの郷土愛も養おうと2001年から実施。
今年は17公民館であり、うち西中坪公民館(押川勝館長)には35人が登館。保護者や高齢者15人が先生となり、男子は竹で水鉄砲作り、女子は昼食のカレーライス作りの“授業”を受けた。

海や川遊びなどから離れた生活を送る子どもたちに、自然への関心を高めるきっかけにしようと3年前から開催。県内有数のアカウミガメの産卵場所である同海岸の見学や海水浴を通じて、海辺の自然に親しんだ。
蚊口浜では、子どもたちがサーフィンに挑戦。同町北高鍋のプロサーファー東川泰明さん(29)と地元サーファー5人が講師を務め、丁寧に指導した。

サテライト門川(延べ床面積683平方メートル)は有料道路・延岡南道路入り口近くの鉄工所を増改築。
佐賀県の武雄競輪を主体に全国の競輪も合わせて年間300日以上営業する。1日11、12レースで200−300人の集客を見込む。

菊地さんは7月23日、この曲の音楽データを音楽コミュニティサイト、みなくるSTAGE(http://stage.mina‐kuru.jp/)に登録。翌日から試聴者が相次ぎ、8月1日時点で3位に位置している。
短期間でのトップチャート入りに、菊地さんは「宮崎に注目が集まっているし、曲も覚えやすいので試聴する人が多いのかもしれない」と驚く。
【写真】「平成延岡音頭」が人気を集めている菊地さん

細山田さんの呼び掛けで結成された、環境標語を歌に―ストップ!温暖化実行委員会(中村章仁委員長)と、防犯キャンペーンソング「イカのおすし」を歌っている2人組ミュージシャン、kirakiraが選考。2人は、標語に合わせて作曲、演奏も行い、本年度末にCD化する予定という。
【写真】環境標語募集のポスターを手にする細山田三保子さん

山西水産(同町、山西隆裕社長、30人)も7月20日から、同市佐土原町の一ツ瀬川河口そばに置く加工場を稼働させた。所有する漁船2隻が、同市青島―高鍋町沖で操業。31日も4トンの漁獲があった。
捕ったチリメンジャコはすぐに運搬船で水揚げし、加工場に運ぶ。水洗いして百度で釜ゆでした後、温風乾燥、天日干しして製品化する。主に関東、関西の市場に出荷している。
【写真】加工したチリメンジャコの山。最終的には目でチェック、選別して出荷する=宮崎市佐土原町

九州電力の職員が発電所の歴史や仕組みを説明。「発電機などもほぼ100年前の物」「温度で機器管理をしています」などと話し、子供たちは興味深そうに見詰めていた。
戸塚中1年の松本桜織さん(13)は「こんなに古いのにちゃんと動いていてびっくり。これからも大事にしてほしい」と話していた。
【写真】普段は入れない発電所内で発電機の説明を受ける川口市の生徒ら

小野さんは視力が奪われ、視野も極端に狭くなる難病、先天性網膜色素変性症を1975(昭和50)年に発症した。今はほとんど前が見えない状態。
和太鼓との出会いは5年前。県内の視覚障害者の太鼓グループに参加し、全身に感じる鼓動に興奮を覚えた。一時的に太鼓から遠ざかっていたが、3年前に近所の知人から「祭りの盆踊りにあわせて太鼓をたたかないか」と誘われて本格的に学び始めた。
【写真】太鼓に見立てた自前の酒だるで練習する小野さん






